12-4. 販路開拓・売上拡大を支える「組織」と「人材」戦略

これまでのセッションでは、販路開拓・売上拡大がなぜ重要なのか、そして自社の現状分析に基づいた具体的な戦略の立て方について解説してきました。デジタル活用、既存顧客強化、アライアンスなど、様々な「打ち手」があることをご理解いただけたかと思います。

しかし、どんなに素晴らしい戦略も、それを実行するのは「人」であり、その人が働く「組織」です。戦略だけがあっても、組織が適切に機能せず、人材が活かされていなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。特に中小企業においては、限られた人材の能力を最大限に引き出し、組織全体が一つの目標に向かって効率的に動くことが、売上拡大の成否を大きく左右します。

このセッションでは、販路開拓・売上拡大という目標を達成するために、経営層や人事担当者がどのような組織・人材戦略に取り組むべきかについて、人的資本経営や働き方改革といった現代の重要な視点も交えながら深掘りしていきます。

4-1. 営業部門とマーケティング部門の連携強化:部署間の壁をなくす

多くの企業で課題となりがちなのが、営業部門とマーケティング部門の間の「壁」です。「マーケティングが集めてくるリード(見込み顧客)の質が低い」「営業はせっかく集めた顧客情報を共有してくれない」といった不満が、お互いの部署から聞かれることがあります。しかし、販路開拓・売上拡大においては、この両部門の連携(SalesとMarketingを組み合わせた「Smarketing」と呼ばれることもあります)が極めて重要になります。

  • なぜ連携が重要なのか?
    • 顧客情報の一元化と活用: マーケティング活動で見込み顧客の情報を獲得し、営業が商談を通じてさらに詳細な情報を得る。これらの情報を一元管理し、両部門で共有することで、顧客理解が深まり、よりパーソナライズされたアプローチが可能になります。
    • 見込み顧客の育成(ナーチャリング): Webサイト訪問者やイベント参加者といった「まだ購買意欲の高くない」見込み顧客を、マーケティング部門がメールマガジンやコンテンツ提供を通じて育成し、購買意欲が高まった段階で営業に引き渡す、といった連携プレイで見込み顧客の取りこぼしを防ぎ、効率的に商談に繋げることができます。
    • 効果測定と改善: マーケティング活動がどのくらいリード獲得に貢献したか、そのリードからどのくらい売上に繋がったか、といったデータを共有することで、両部門が協力して施策の効果を測定し、改善に繋げることができます。
  • 連携強化のための具体的な施策:
    • 定期的な合同会議: 週に一度など、営業とマーケティングの担当者が集まり、進捗状況、見込み顧客の情報、課題などを共有する定例会議を実施します。
    • 共通目標(KPI)の設定: 売上目標だけでなく、見込み顧客獲得数(MQL: Marketing Qualified Lead)、商談化数(SQL: Sales Qualified Lead)、リード獲得単価など、両部門が共通で追いかけるべきKPIを設定することで、連携を意識するようになります。
    • 情報共有ツールの導入: 後述するCRM/SFAツールなどを活用し、顧客情報や営業活動の履歴、マーケティング施策への反応などをリアルタイムで共有できる仕組みを構築します。
    • 役割分担の明確化: 見込み顧客をマーケティング部門がどこまでフォローし、どのような状態になったら営業部門に引き渡すのか、といった引き継ぎのルールを明確に定めます。

欧米・日本の事例に学ぶ:

米国の多くのSaaS企業、例えばHubSpotなどは、マーケティングと営業の連携を徹底し、「インバウンドセールス」という手法で成長を遂げています。マーケティング部門が見込み顧客にとって役立つコンテンツを提供してウェブサイトに集客し、獲得したリード情報をCRMツールで管理・分析。購買意欲が高まったリードを、営業部門がタイミング良くフォローアップするという流れを仕組み化しています。日本国内でも、こうしたSmarketingの考え方を取り入れ、部門間の壁をなくして顧客情報の一元管理を進めることで、売上拡大に繋げている中小企業が増えています。特に、BtoB企業がMAツールとSFAツールを連携させることで、マーケティングで獲得したリードの追客状況を営業と共有し、効果的なフォローアップ体制を構築した事例などがあります。

4-2. 成果に繋がる人材育成・研修プログラム:誰が、どう売るのか?

どんなに素晴らしい商品・サービスや戦略があっても、それを顧客に届け、価値を伝え、契約に繋げるのは「人」です。特に現代の営業・マーケティング担当者には、従来の対面営業スキルに加え、デジタルスキル、データ分析能力、顧客の課題を引き出すヒアリング能力、そして複雑な情報を分かりやすく伝えるコミュニケーション能力など、多様なスキルが求められています。

中小企業においては、大企業のように潤沢な研修予算や専門的な研修部門がない場合が多く、人材育成が課題となりがちです。「育てたいが、育て方が分からない」「社員に新しいスキルを身につけさせたいが、時間もコストもかけられない」と感じている経営者・人事担当者様もいらっしゃるかもしれません。

  • 求められるスキルの特定と育成の方向性:
    • まず、自社の事業内容や戦略に基づき、社員にどのようなスキルが必要なのかを明確にしましょう(前回の現状分析で特定された課題もヒントになります)。例えば、Webでの新規顧客獲得を目指すならSEOやWeb広告の知識、既存顧客からの売上を伸ばすなら顧客関係構築やアップセル・クロスセルのスキルが重要になります。
    • 個々の社員の現在のスキルレベルを把握し、必要なスキルとのギャップを洗い出します。その上で、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)やOff-JT(集合研修、外部研修)を組み合わせた育成計画を立てます。
  • 中小企業でも取り組める効果的な育成・研修:
    • 外部研修・Eラーニングの活用: 専門的なスキル(Webマーケティング、データ分析など)については、外部の研修機関が提供するプログラムや、オンラインで学べるEラーニングを活用するのが効率的です。政府の助成金を活用できる場合もあります。
    • 社内ナレッジの共有: 成功した営業担当者のノウハウや、顧客から得た貴重な情報などを、社内勉強会や情報共有ツール(社内Wikiなど)を通じて全体に共有する仕組みを作ります。ロールプレイング形式で商談スキルの向上を図るのも有効です。
    • 資格取得支援: 業務に関連する資格取得を奨励し、費用の一部または全額を補助する制度を設けることも、社員の学習意欲向上に繋がります。
    • 経営層・管理職の役割: 経営層や管理職は、社員が新しいスキルを学ぶ機会を提供し、挑戦を後押しする存在であるべきです。失敗を恐れずに新しい手法にチャレンジできる企業文化を醸成することも重要な育成の一つです。

欧米・日本の事例に学ぶ:

欧米では、従業員の継続的な学習(リスキリング/アップスキリング)を重視する企業が多く、WorkdayやSAP SuccessFactorsのようなタレントマネジメントシステムを活用して、社員のスキルを可視化し、必要な研修プログラムをレコメンドするといった取り組みが進んでいます。日本国内でも、IT業界を中心に、未経験者でも短期間で専門スキルを習得できるような社内研修プログラムを構築し、人材育成に成功している中小企業があります。また、特定の分野(例:インバウンド対応)に必要な語学や異文化理解のスキルを、外部講師を招いたり、eラーニングを活用したりして全社的に習得し、販路拡大に繋げたサービス業の事例などもあります。重要なのは、育成を「コスト」と捉えるのではなく、「未来の売上への投資」と捉える視点です。

4-3. モチベーションを高める評価制度・インセンティブ設計

社員のモチベーションは、売上拡大の重要な原動力となります。そして、社員のモチベーションに大きく影響するのが「評価制度」です。どのような行動や成果を評価するのか、それは社員の日々の行動に直結します。

  • 評価制度が行動に与える影響:
    • 売上目標だけを評価項目にすると、短期的な成果を優先するあまり、長期的な顧客との関係構築がおろそかになったり、チームでの協力が生まれにくくなったりする可能性があります。
    • 逆に、プロセス(例:顧客への提案数、情報収集への貢献度、チームへの協力姿勢など)も適切に評価することで、社員は目標達成に向けた行動そのものに意欲を持つようになります。
  • 販路開拓・売上拡大を後押しする評価制度の考え方:
    • 成果とプロセスのバランス: 売上目標の達成度合いはもちろん評価しますが、そこに到達するためのプロセス(新規リード獲得数、提案の質、顧客満足度向上に向けた取り組みなど)も評価項目に含めます。
    • 貢献度の可視化: 販路開拓・売上拡大に貢献した個人の取り組みや、チームとしての連携成果を正しく評価します。人事評価において、営業部門だけでなく、マーケティング部門や商品企画部門など、売上拡大に貢献した他部門の社員も適切に評価することが重要です。
    • 透明性と公平性: どのような基準で評価されるのかを明確にし、社員が納得できる公平な制度運用を心がけます。目標設定の段階から社員と十分にコミュニケーションを取ることが重要です。
    • 多様な貢献の評価: 近年提唱される「人的資本経営」の観点からは、単一的な成果だけでなく、社員の多様なスキル、経験、働き方(例:リモートワークでの生産性向上、兼業による新しい知見の持ち込みなど)も評価に組み込んでいくことが望ましいとされています。働き方改革を進める中で、時間や場所にとらわれない働き方で成果を上げた社員をどのように評価するかも検討課題となります。
  • インセンティブ設計:
    • インセンティブは、社員のモチベーションを直接的に高める効果があります。報奨金、昇給・昇格、表彰、特別休暇など、様々な形態があります。
    • どのような行動を奨励したいのか(例:新規大型契約の獲得、特定のターゲット層への販路開拓、顧客満足度の高い対応など)を明確にし、それに連動したインセンティブを設計します。個人だけでなく、チーム目標の達成に対するインセンティブも設けることで、チームワークを促進できます。

欧米・日本の事例に学ぶ:

欧米では、OKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)といった目標設定・評価フレームワークを導入し、全社の目標と個人の目標を連動させることで、組織全体のベクトルを合わせ、高いモチベーションを維持している企業が多くあります。日本国内でも、老舗企業が年功序列型から成果と貢献度を重視する評価制度に移行し、特に若手社員の積極的なチャレンジを引き出し、新規事業や販路開拓に繋がった事例などがあります。また、社員の声を取り入れながら評価制度を継続的に見直し、社員エンゲージメントを高める取り組みを行っている中小企業も存在します。これは、WorkdayやSAP SuccessFactorsが提唱するような、社員データを活用した人事施策の改善という考え方にも通じます。

4-4. 効率化とデータ活用:ITツール・テクノロジー導入の検討

限られたリソースで最大の効果を出すためには、ITツールやテクノロジーの活用が不可欠です。特に販路開拓・売上拡大においては、営業活動の効率化、マーケティング活動の自動化、顧客データの分析などに役立つツールが多数存在します。

  • 主なITツールとその活用:
    • CRM(顧客関係管理)システム: 顧客の氏名、連絡先といった基本情報から、過去の購買履歴、問い合わせ履歴、Webサイトでの行動履歴などを一元管理できます。顧客理解を深め、パーソナライズされたアプローチや、休眠顧客の掘り起こしなどに役立ちます。
    • SFA(営業支援システム): 営業担当者の活動記録(面談履歴、提案内容、進捗状況など)や、見込み顧客の確度などを管理できます。営業活動の見える化が進み、ボトルネックの特定や、より効果的な営業戦略の立案に繋がります。CRMと連携して使用されることが多いです。米国のSalesforceは世界的に有名なCRM/SFAベンダーであり、多くの企業がそのシステムを活用して営業効率化を図っています。
    • MA(マーケティングオートメーション)ツール: メール配信、SNS投稿、Webサイトのコンテンツ表示などを自動化し、見込み顧客の獲得や育成を効率的に行います。Webサイトでの行動履歴などに基づいて、顧客一人ひとりに合わせた情報を適切なタイミングで提供するといったことが可能です。
    • Web分析ツール: Google Analyticsなどが代表的です。Webサイトへのアクセス数、訪問者の属性、サイト内での行動などを分析し、Webサイトの改善やマーケティング施策の効果測定に役立てます。
    • データ分析ツール: 顧客データ、販売データ、Webアクセスデータなど、様々なデータを統合的に分析し、隠れた傾向やインサイトを発見することで、よりデータに基づいた意思決定を可能にします。
  • 中小企業がツール導入を検討する際のポイント:
    • 目的を明確にする: 何のためにツールを導入するのか(例:営業活動の属人化解消、見込み顧客管理の効率化など)、具体的な目的を明確にします。
    • スモールスタート: 最初から高機能・高価なツールを導入するのではなく、自社の最も喫緊の課題解決に繋がる機能を持つ、比較的安価で使いやすいツールから導入を検討します。無料トライアル期間を活用するのも良いでしょう。
    • 社員への教育とサポート: どんなに優れたツールも、社員が使いこなせなければ宝の持ち腐れです。導入前に社員への説明会や操作研修を実施し、導入後も継続的なサポート体制を整えることが重要です。
    • データ活用の文化醸成: ツールを導入するだけでなく、ツールから得られるデータを日々の業務改善や意思決定に活用する文化を醸成することが重要です。データ分析の結果を会議で共有したり、データに基づいた提案を奨励したりといった取り組みを行います。

欧米・日本の事例に学ぶ:

欧米企業はデータに基づいた意思決定を重視しており、様々なITツールを積極的に活用しています。特にSaaS企業などは、顧客の利用データを詳細に分析し、カスタマーサクセス活動やアップセル・クロスセルに繋げています。日本国内でも、ECサイト事業者がデータ分析ツールで顧客の購買傾向や離脱率を分析し、サイト改善やプロモーション施策に活かしたり、製造業がIoT技術を活用して製品の稼働データを収集・分析し、新しいサービス開発や顧客への提案に繋げたりといった事例が増えています。これは、単なるITツールの導入だけでなく、データから価値を引き出し、経営判断や現場の行動に繋げる「データ活用の文化」を組織に根付かせることが重要であることを示しています。

まとめ:組織と人材への投資こそ、未来の売上への投資

このセッションでは、販路開拓・売上拡大戦略を実行するための「組織」と「人材」の重要性について解説しました。営業・マーケティング連携の強化、時代に合った人材育成、モチベーションを高める評価制度、そしてITツールを活用した効率化とデータ活用は、いずれも中小企業が持続的に成長していく上で欠かせない要素です。

「人的資本経営」という言葉が注目されていますが、まさに社員一人ひとりの能力や意欲を最大限に引き出し、組織全体としてシナジーを生み出すことこそが、不確実な時代を乗り越え、売上拡大という成果を掴むための鍵となります。働き方改革の推進や多様な人材の活用も、組織の柔軟性や創造性を高め、新しい販路やアイデアを生み出す土壌となります。

これらの取り組みは、一朝一夕に成果が出るものではありません。しかし、組織と人材への投資を継続することで、社員のエンゲージメントが高まり、自律的に考え行動する社員が増え、結果として顧客満足度が向上し、売上拡大へと繋がる好循環が生まれます。

次回のセッションでは、これまでに解説した戦略と組織・人材戦略を「実行」に移し、成果を出すための具体的なポイントについて深掘りしていきます。計画倒れにしないための実行管理、継続的な効果測定と改善、そして失敗から学び、成功に繋げるための考え方など、戦略を「結果」に変えるための重要な要素を解説する予定です。

戦略を立てただけでは何も変わりません。重要なのは、実行し、結果を出すことです。 次回のセッションで、そのための「壁」を乗り越えるヒントを見つけてください。