前セッションでは、労働時間管理の基本となる法規制、特に残業時間の上限規制と罰則について解説しました。これらの法規制を遵守するための、最も基本的な、そして最も重要なステップが「労働時間の正確な把握」、すなわち勤怠管理の徹底です。
「うちではタイムカードを使っているから大丈夫」「自己申告でやっているよ」…そう思っていませんか? 実は、労働時間管理に関する法規制は年々厳格化しており、従来のやり方では不十分となるケースが増えています。特に、労働時間の「客観的な記録」が強く求められるようになった点は、多くの企業が見直すべき重要なポイントです。
3-1. 自己申告はもう古い?客観的な記録による労働時間把握の義務化
厚生労働省のガイドラインでは、労働時間の適正な把握のために、企業(使用者)は労働時間を「客観的な方法」で把握するよう強く求めています。これは、労働時間管理を巡るトラブル(賃金の未払い、過重労働による健康被害など)を防ぐために不可欠だからです。
「客観的な方法」とは具体的に何を指すのでしょうか? 最も一般的なのは、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録(PCログ)、入退室記録など、使用者の管理下にある記録機器やシステムによって労働時間を記録する方法です。
一方、労働者本人の**自己申告による記録は、原則として客観的な記録とは見なされません。**自己申告が認められるのは、やむを得ない場合に限られ、かつ、企業側が以下の措置を講じている場合に限られます。
- 自己申告された労働時間が適正であるか、使用者側が実態を把握し、必要に応じて修正すること
- 自己申告が、休憩時間や時間外労働を適切に記録するなど、ガイドラインに沿ったものであるかについて、労働者に十分な説明を行うこと
- 自己申告された時間と、会社のPCログや入退室記録などの客観的な記録との間に著しい乖離がないかを確認し、乖離がある場合には実態調査を実施して所要の補正を行うこと
- 自己申告制の導入に当たり、時間外労働時間の削減を目的として労働者による労働時間の入力データを事業場の実態と合わないものとすることを強いるような措置を講じないこと
つまり、「自己申告制」を導入している企業であっても、単に労働者に時間を書かせるだけでなく、PCログなどの客観的な記録と照合し、乖離がないか確認し、必要に応じて修正するという**企業側の「確認・是正義務」**を果たしていなければ、適正な労働時間管理を行っているとは言えません。
この客観的な記録義務は、サービス残業の防止や過重労働の早期発見のためにも極めて重要です。労働時間を正確に記録することで、社員は働いた分の賃金を受け取ることができ、企業は把握できていない残業時間によるリスクを回避できます。
3-2. 導入メリット大!クラウド型勤怠管理システムが中小企業にもたらす効果
では、この「客観的な記録」を効率的かつ正確に行うにはどうすれば良いのでしょうか。そこで多くの企業が導入を進めているのが勤怠管理システムです。特に、初期投資を抑えられ、運用負担も少ないクラウド型勤怠管理システムは、中小企業にとって非常に有効なツールと言えます。
クラウド型勤怠管理システムを導入することで、以下のような多くのメリットが得られます。
- 法令遵守の強化:
- 打刻された正確な労働時間に基づき、法定内残業、法定外残業、深夜労働、休日労働などを自動で区分し集計します。
- 36協定で定めた残業時間の上限に近づいている社員にアラートを出す機能を持つシステムが多く、過重労働を未然に防ぐことが可能です。
- 有給休暇の付与・管理もシステム上で行え、消化状況の把握や計画的付与の促進に役立ちます。
- 法改正(例: 時間外労働の上限規制の適用拡大など)にもシステム側が自動で対応するため、自社で法改正の内容を細かく把握し、集計方法を変更するといった手間やミスを減らせます。
- 業務効率化とコスト削減:
- タイムカードの集計やエクセルでの管理といった煩雑な手作業が不要になります。これにより、人事・労務担当者の集計業務にかかる時間を大幅に削減できます。
- 集計ミスのリスクがなくなり、給与計算システムとの連携も容易になるため、給与計算業務全体の効率化につながります。
- 申請・承認フロー(残業申請、休暇申請など)をシステム上で行えるため、ペーパーレス化や承認時間の短縮が図れます。
- リアルタイムな状況把握:
- 社員一人ひとりの日々の労働時間をリアルタイムで把握できます。これにより、特定の社員に業務が集中していないか、体調を崩しそうなサインはないかなどを早期に察知し、声をかけるなどの対応が可能になります。
- 部署ごと、プロジェクトごとの労働時間傾向を分析し、業務改善の糸口を見つけることができます。
- 多様な働き方への対応:
- 後述するリモートワークや直行直帰、フレックスタイム制度など、多様な働き方に対応した打刻方法(PC打刻、スマートフォン打刻、GPS打刻など)を提供しているシステムが多く、複雑な勤怠管理にも柔軟に対応できます。
中小企業の場合、「システム導入はコストが高い」「使いこなせるか不安」といった懸念があるかもしれません。しかし、近年のクラウド型システムは、比較的安価な月額料金で利用でき、操作も直感的に分かりやすいものが増えています。無料トライアルを提供しているサービスも多いので、まずは試してみる価値は十分にあります。正確な労働時間管理は、もはや手作業や自己申告だけでは困難であり、システムの導入は現代における必須のステップと言えるでしょう。
3-3. 在宅勤務・リモートワーク時代の「見えない労働時間」をどう管理するか?
新型コロナウイルスの影響もあり、在宅勤務やリモートワークを導入・継続している企業が増えています。場所や時間にとらわれない柔軟な働き方が可能になった一方で、「見えない労働時間」の管理という新たな課題も生まれています。
自宅やサテライトオフィスで働く社員の労働時間を、会社にいるのと全く同じように把握するのは困難に感じられるかもしれません。しかし、リモートワークであっても、企業には労働時間を適正に把握する義務があります。
リモートワークにおける労働時間管理のポイントは以下の通りです。
- 明確なルールの設定: 始業・終業の報告方法、休憩時間の取り方、中抜け(私的な用事などでの離席)の場合の取り扱いなど、リモートワーク特有のルールを明確に定めることが重要です。
- テクノロジーの活用:
- クラウド勤怠管理システム: 前述の通り、PCやスマートフォンからの打刻機能を活用すれば、自宅や外出先からでも正確な打刻が可能です。GPS連携機能を使えば、どこで打刻したかの確認もできます(プライバシーに配慮しつつ)。
- PCログやアプリケーションの利用時間: 業務に使用するPCのログや、特定の業務アプリケーションの利用時間を記録・分析することで、客観的な労働実態を把握する手助けとなります。
- タスク・プロジェクト管理ツール: 業務内容や進捗を共有するツールに、作業時間を記録する機能を組み合わせることも有効です。
- コミュニケーションの活性化: リモートワークでは、対面での状況把握が難しくなります。日報や週報、定期的なオンラインミーティングなどを通じて、業務の進捗だけでなく、社員の状況(無理をしていないか、困っていることはないかなど)を把握する努力が必要です。
- 「中抜け」や「さぼり」への懸念よりも「働きすぎ」への配慮: リモートワークで企業側が懸念しがちな「サボっているのではないか」という視点から、「見えないところで長時間労働になっていないか」「オンオフの切り替えができているか」という視点に切り替えることが、社員との信頼関係を築き、健康を守る上で非常に重要です。
リモートワークにおける労働時間管理は、単に時間を記録するだけでなく、信頼に基づいたコミュニケーションと、テクノロジーの適切な活用、そして「管理」というより「サポート」という視点が求められます。
正確な労働時間管理は、法令遵守の基盤であり、社員の健康を守り、ひいては企業の信頼性を高めるための不可欠なプロセスです。次なるセッションでは、この正確な労働時間データを活用し、「残業を減らし、生産性を向上させる」ための具体的なアプローチについて掘り下げていきます。勤怠管理システムで得られたデータをどう活かすか、その戦略を考えましょう。