これまでのセッションで、若手人材の早期離職が中小企業にもたらす影響の深刻さ、彼らが「辞めたい」と感じる背景にある理由、そして定着率を改善するための具体的な施策や、それが人的資本経営においていかに重要かを見てきました。
これらの知識は非常に重要ですが、施策を闇雲に実行するだけでは、期待する効果が得られない可能性があります。なぜなら、企業の抱える課題は一社一社異なり、若手社員が何に不満を感じ、何を求めているのかは、貴社の現状を正確に把握しなければ分からないからです。
本当に効果的な定着対策を講じるためには、まず「貴社の若手社員のホンネ」を知り、組織に潜む課題を「見える化」することが不可欠です。
しかし、「うちの若手は不満なんてないと言っている」「表面上は問題なさそうに見える」と感じている経営者や人事担当者の方もいるかもしれません。若手社員は、日々の業務や人間関係の中で、本音や不安をストレートに表現しないことも多々あります。特に、評価への影響を恐れたり、波風を立てたくないと考えたりする若手もいます。
重要なのは、彼らが安心して本音を話せる場や仕組みを作り、積極的に「声」を拾い上げることです。このセッションでは、中小企業でも実践できる、若手社員の「ホンネ」を知り、組織課題を「見える化」するための具体的な方法をご紹介します。
5-1. エンゲージメントサーベイや組織診断の活用
若手社員を含む全社員の意識や組織の現状を定量的に把握するための有効な手段が、エンゲージメントサーベイや組織診断です。
エンゲージメントサーベイとは?
社員の会社に対する愛着、貢献意欲、働きがい、そして職場環境や人間関係、評価、成長機会などに関する満足度や意識を測定する目的で実施される従業員アンケートです。匿名で行われることが一般的であるため、社員が比較的 솔직(솔직:솔직하다=正直だ、率直だ)な意見を表明しやすいというメリットがあります。
若手の「ホンネ」を知る上でなぜ有効か?
- 匿名性: 個人の特定を恐れず、感じている不満や不安、改善してほしい点などを正直に回答しやすい環境を提供できます。
- 網羅性: 職場環境、上司・同僚との関係、評価制度、教育研修、福利厚生、企業文化、ビジョンへの共感など、幅広い項目について社員の意識を聴取できます。
- 定量的把握: 回答を集計することで、部署ごと、年代ごと(若手に絞って)、あるいは会社全体として、どのような項目で満足度が高い・低いのか、どのような課題があるのかを数値で「見える化」できます。これにより、感覚ではなくデータに基づいた課題特定が可能になります。
- 経年比較・他社比較: 定期的に実施することで、取り組みの効果測定や、時間とともに組織の状態がどう変化しているかを追跡できます。また、ベンチマークデータがあるサーベイを利用すれば、同業他社や他規模の企業と比較して、自社の立ち位置を把握することも可能です。
中小企業での導入のポイント
- ツールの選択: 大手ベンダーが提供する本格的なサーベイから、中小企業向けの比較的安価なクラウドサービス、あるいは自社でGoogleフォームなどの無料ツールを使って簡易的に作成するものまで、様々な選択肢があります。まずは自社の予算や目的に合ったツールを選びましょう。重要なのは、設問項目が貴社の知りたい情報(セッション2で挙げた若手の離職理由に繋がる要因など)を適切に測定できる設計になっているかです。
- 実施と分析: サーベイを実施する際は、目的(なぜこの調査をするのか、結果をどう活用するのか)を社員に丁寧に説明し、協力体制を築くことが重要です。集計・分析は、サーベイツールが行ってくれる場合も多いですが、自社で分析する場合は、単なる数字の羅列ではなく、「若手社員は〇〇について特に不満を感じている傾向がある」「△△部署では人間関係に課題が見られる」といった具体的な課題を特定する視点が重要です。
- 結果のフィードバックと改善への連携: サーベイ結果を社員にフィードバックし、「皆さんの声を受けて、私たちは〇〇に取り組みます」と具体的な改善策を提示・実行することが、社員の信頼を得る上で最も重要です。結果を公表せず、何も改善されないのでは、社員は「どうせ言っても無駄だ」と感じ、次回の協力が得られなくなります。改善活動の進捗を共有し、「見える化」することも大切です。
- パルスサーベイ: 四半期に一度など、高い頻度で少数の設問に答えてもらうパルスサーベイは、組織の状態の変化をタイムリーに把握し、早期に手を打つ上で有効です。特に若手は短い回答形式に慣れている場合が多いです。
海外では、QualtricsやCulture Ampといったエンゲージメントサーベイツールが広く活用されており、データに基づいた組織開発が進んでいます。日本でも、中小企業が利用しやすい様々なサービスが登場しています。まずは、無料トライアルなどを活用して、自社に合ったものを見つけることから始めてはいかがでしょうか。
5-2. 離職者が出た場合の「退職面談」の質を高める
残念ながら若手社員が離職してしまった場合、その社員との「退職面談」は、貴社の組織課題を知る上で非常に貴重な機会となります。離職を決意した社員は、会社への遠慮が比較的少なくなり、在籍中は言えなかった本音を話しやすい状況にあるからです。
退職面談の目的
- 離職理由の深掘り: 表向きの理由だけでなく、なぜ辞めるに至ったのか、その背景にある具体的な要因(不満、不安、他社への魅力など)を詳しく聴取します。
- 会社の課題に関する情報収集: 組織文化、マネジメント、制度、人間関係など、会社全体あるいは特定の部署が抱える問題点について、率直な意見や改善提案を引き出します。
- 企業イメージの維持: 感謝の気持ちを伝え、円満な形で送り出すことで、退職者が将来的に自社のファンになったり、良い評判を広めたりする可能性を高めます。
質の高い退職面談を行うためのポイント
- 実施者の人選: 直属の上司ではなく、人事担当者や、若手社員が話しやすいと感じる斜め上の役職者などが適任です。利害関係が少なく、公平な立場で聴くことができる人が望ましいです。
- 実施のタイミングと環境: 最終出勤日の数日前など、業務の引き継ぎである程度落ち着き、時間に余裕を持って、落ち着いた静かな場所で実施します。オンラインでも構いませんが、本音が話しやすい雰囲気作りを心がけます。
- 質問項目の準備: セッション2で挙げた離職理由の要因(期待値ギャップ、成長機会、評価・フィードバック、人間関係、働きがいなど)を網羅するような質問リストを準備します。ただし、一方的な質問攻めにならないよう、社員が自由に話せる時間を十分に設けます。
- 例:「入社前に期待していたことと、入社後に感じたギャップはありましたか?」
- 例:「この会社で働いていて、最もやりがいを感じたのはどんな時ですか?逆に、最も大変だった、あるいは不満だったのはどんな時ですか?」
- 例:「上司や同僚との関係性について、何か改善してほしい点はありますか?」
- 例:「今後、この会社が若手社員の定着率を高めるために、どんなことに取り組むべきだと思いますか?」
- 傾聴と共感の姿勢: 聴き手に徹し、社員の話を最後まで遮らずに聴きます。否定的な態度を取ったり、会社の正当性を主張したりせず、まずは相手の気持ちに寄り添い、共感する姿勢を示します。「そう感じていたのですね」「それは大変でしたね」といった相槌を打ちながら、安心して話せる雰囲気を作ります。
- 情報の集約と分析、改善への活用: 面談で得られた情報は、個人が特定されないように配慮しつつ、集約・分析します。複数の退職者から同様の意見が出ている項目は、組織全体の課題である可能性が高いです。これらの情報を経営層や関係部署と共有し、具体的な改善策の検討に繋げます。退職者の声を真摯に受け止め、組織改善の重要なインプットとして活用することが、残っている社員の信頼を得ることにも繋がります。
欧米企業の中には、退職者面談で得られたデータを体系的に分析し、離職理由のトレンドを把握して組織改善に活かしている企業が多くあります。中小企業でも、まずは記録を取り、集約・分析する仕組みを作ることから始められます。
5-3. 現場のマネージャー・リーダーとの連携強化
若手社員の「ホンネ」を最も近くで感じ取れるのは、日々の業務を共にする現場のマネージャーやリーダーです。彼らが若手社員との信頼関係を築き、変化やサインを早期に察知し、適切に声を拾い上げることは、「見える化」の最も基礎的かつ重要な方法です。
マネージャーに期待される役割
- 日頃からの声かけと気配り: 忙しい中でも、若手社員に積極的に声をかけ、体調やメンタル面を含め、何か困ったことはないか、変化はないか気にかけます。「最近、元気がないな」「いつもより覇気がないな」といった小さなサインを見逃さないようにします。
- 定期的な1on1面談の実施: セッション3でも触れましたが、上司と部下の定期的な1on1面談は、若手社員が安心して自分の状況や思いを話せる貴重な場です。業務の進捗だけでなく、キャリアの悩み、人間関係、プライベートな相談まで、フラットな関係での対話を心がけます。マネージャーは「アドバイスをする」というよりも、「聴く」姿勢を重視し、若手社員自身が考え、気づきを得られるようサポートします。
- 若手の意見や提案を受け止める姿勢: 若手社員が業務改善のアイデアや新しい提案をした際に、頭ごなしに否定せず、まずは耳を傾け、なぜそう考えたのかを丁寧に聴き出します。すぐに実現が難しくても、「良い視点だね」「一緒に実現方法を考えてみよう」といった肯定的なフィードバックは、若手のモチベーションを高めます。
- ハラスメントや人間関係のトラブルの早期発見: マネージャーは、チーム内の人間関係の雰囲気を常に把握し、ハラスメントの兆候や人間関係のトラブルを早期に察知できるよう努めます。若手社員が安心して相談できる雰囲気作りが重要です。
人事部門とマネージャーの連携
現場のマネージャーが若手社員の声を吸い上げても、それが組織全体の課題として認識され、改善活動に繋がらなければ意味がありません。人事部門は、マネージャーが吸い上げた情報を適切に集約し、分析し、経営層や関係部署に伝達するための仕組みを構築する必要があります。
- マネージャーとの定期的な情報共有会: 人事部門が各部署のマネージャーと定期的に集まり、若手社員の状況や現場で感じている課題について情報交換を行います。
- マネージャーへの教育・サポート: 若手育成やコミュニケーションのスキル、1on1の実施方法、ハラスメントに関する知識など、マネージャーが必要なスキルや知識を習得するための研修を提供します。また、マネージャー自身が抱える悩みや負担について相談できる窓口を設けるなど、サポート体制を整えます。
現場のマネージャーは、若手社員の「ホンネ」を知るための最前線に立つ存在です。彼らの意識と行動を変えることが、組織全体の「見える化」能力を高める上で非常に重要となります。
その他の「見える化」手法
エンゲージメントサーベイや退職面談、1on1以外にも、若手社員の声を拾い上げるための様々な方法があります。
- 社内アンケート: 特定のテーマ(例:研修について、福利厚生について)について、簡易的なアンケートを実施します。
- 社内目安箱: 匿名で意見や提案を投稿できる目安箱やツールを設置します。
- ランチミーティングや懇親会: 部署やチームの垣根を越えたカジュアルな交流の場を設け、リラックスした雰囲気の中で社員の声を聴きます。
- メンターからの報告: メンターから、若手社員の状況や相談内容について(プライバシーに配慮しつつ)、定期的に報告を受けます。
- パルスサーベイ: 短期間で少数の質問に答えてもらうパルスサーベイを導入し、タイムリーな変化を捉えます。
これらの手法を単独で実施するのではなく、組み合わせて活用することで、多角的に若手社員の「ホンネ」に迫り、より正確に組織課題を「見える化」することができます。
見える化した課題をどう活用するか
様々な方法で若手社員の声を「見える化」したら、それで終わりではありません。重要なのは、そこから得られた情報を分析し、具体的な改善アクションに繋げることです。
- 情報の集約と分析: 集まった定量的・定性的な情報を整理し、部署ごと、年代ごと、あるいは課題項目ごとに分類・分析します。どのような意見が多いのか、特定の部署に偏りはないかなどを把握します。
- 課題の特定: 分析結果に基づき、貴社の若手社員が共通して抱えているであろう、優先的に解決すべき課題を特定します。(例:「キャリアパスの不明確さ」「上司からのフィードバック不足」など)
- 施策の立案と実行: 特定した課題に対して、セッション3で紹介したような具体的な施策の中から、自社に合ったものを選定し、具体的な行動計画を立てて実行します。
- 効果測定と改善: 施策を実行した後、再度エンゲージメントサーベイを実施したり、若手社員へのヒアリングを行ったりして、施策の効果を測定します。効果が芳しくない場合は、原因を分析し、施策を改善します。
この「見える化」→「分析」→「施策実行」→「効果測定」→「改善」のサイクルを継続的に回していくことが、人的資本経営の実践であり、若手人材の定着率向上に繋がる唯一の道です。
データに基づいた意思決定は、近年HR分野で注目されている「HRアナリティクス」の考え方です。中小企業でも、まずは社員アンケートの結果を集計・分析するといった、小さな一歩からデータ活用を始めることが可能です。
若手社員の「ホンネ」を知ることは、貴社の組織が抱える課題を正確に把握するための羅針盤です。エンゲージメントサーベイ、退職面談、1on1、そして現場マネージャーとの連携など、様々な方法を組み合わせることで、見えにくかった組織の状況が明らかになります。
「見える化」した課題に対して、適切な施策を講じること。そして、その効果を測定し、継続的に改善していくこと。このプロセスこそが、若手人材を「コスト」ではなく「未来への資産」として捉え、人的資本経営を実践する上での基盤となります。
さあ、貴社の若手社員が本当に何を考えているのか、その「ホンネ」を知ることから、未来に向けた組織改善の第一歩を踏み出しましょう。
次の最終セッションでは、これまでの内容を振り返り、明日から貴社で取り組める具体的な「はじめの一歩」について、改めて整理してお伝えします。