3. 若者の活力を引き出す「人的資本経営」への第一歩
「最近の若者は何を考えているか分からない…」 「うちの会社には、なかなか優秀な若手が定着しない…」 「人的資本経営って言うけど、具体的に何をすればいいんだ?」
このような悩みを抱えている中小企業の経営者や人事担当者は少なくありません。前章で述べたような働き方改革や生産性向上の取り組みは、あくまで組織を動かすための土台作りです。その土台の上に、「人」という最も重要な資本を最大限に活かす仕組みを築き上げること、それが「人的資本経営」の本質であり、企業の未来を左右する鍵となります。
特に、若手社員の活力を引き出すことは、組織の活性化、イノベーション創出、そして持続的な成長に不可欠です。ここでは、若手社員のエンゲージメントを高め、未来に向けた人材育成投資を最適化し、未成熟な人的資本経営から脱却するための具体的なステップを深掘りしていきます。
3-1. 従業員エンゲージメントを高める「若手登用」と「キャリア形成支援」
若手社員が「この会社で働き続けたい」「もっと貢献したい」と感じるには、単に給与や福利厚生を充実させるだけでなく、彼らが会社から「必要とされている」「成長できる」と実感できる環境が不可欠です。
- 「任せる勇気」が若手の成長を加速する:戦略的な若手登用
- 適材適所を超えた「適任適所」: 若手社員に、たとえ経験が浅くとも、彼らのポテンシャルを見抜き、裁量権のある仕事を任せてみましょう。例えば、新しいプロジェクトのサブリーダーを任せる、顧客対応のフロントに立たせる、SNSを活用した広報活動を任せてみるなど、彼らのデジタルスキルや新しい視点を活かせる場を提供します。
- 「ナナメの関係」で成長をサポート: 直属の上司とは異なる先輩社員が若手の相談に乗る「メンター制度」は非常に有効です。業務の悩みだけでなく、キャリアパスや人間関係など、若手が抱える幅広い悩みを安心して相談できる相手がいることで、彼らの心理的安全性は高まります。これは、**SHRM(米国人材マネジメント協会)**などでも重要性が指摘されている、従業員エンゲージメント向上のための基本的なアプローチです。
- 「描ける未来」を見せる:キャリア形成支援の具体策
- 定期的なキャリア面談の実施: 年に一度だけでなく、半期に一度、あるいは四半期に一度など、定期的に上司とのキャリア面談の機会を設けましょう。現在の業務のフィードバックだけでなく、社員が将来どんなキャリアを築きたいか、そのために会社としてどのようなサポートができるかを具体的に話し合います。
- 社内公募制度・異動希望制度の導入: 社員が自身の興味や適性に合わせて、新しい部署やプロジェクトに挑戦できる機会を提供することは、モチベーション維持に繋がります。社内公募制度や異動希望制度を導入することで、社員は会社内で多様なキャリアパスを描けるようになり、外部への流出を防ぐ効果も期待できます。
- 成長を実感できるフィードバック: 若手社員は、自身の成長を強く望んでいます。定期的な1on1ミーティングなどを通じて、具体的な業務の成果だけでなく、「どんな能力が伸びたか」「次は何に挑戦すべきか」といった具体的なフィードバックを積極的に行いましょう。
3-2. リスキリングは未来への投資!中小企業のための効果的な人材育成戦略
「社員のスキルアップは必要だと感じるけれど、費用も時間もかかるし…」という中小企業の声はよく聞かれます。しかし、リスキリング(学び直し)は、もはや「あれば良いもの」ではなく、企業の持続的成長のための「必須の投資」です。
- なぜ今、リスキリングが必要なのか?:
- 技術革新への対応: デジタル技術(AI、IoT、クラウドなど)の進化は目覚ましく、これまで人間が行っていた業務が自動化されたり、新しい業務が生まれたりしています。既存のスキルだけでは、これらの変化に対応できません。
- DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の加速: 中小企業がDXを推進し、新たなビジネスモデルを構築するためには、社員一人ひとりのデジタルリテラシー向上と、専門スキルの習得が不可欠です。
- 社員のエンゲージメントと定着率向上: 新しいスキルを学ぶ機会が与えられることは、社員の成長意欲を満たし、会社へのエンゲージメントを高めます。「この会社にいては成長できない」と感じた優秀な人材の流出を防ぐことにも繋がります。
- 中小企業でもできる効果的なリスキリング戦略:
- ニーズに基づいたスキルマップの作成: まずは、自社の事業戦略達成のために、今後数年でどのようなスキルが必要になるかを明確にしましょう。営業職にはデータ分析スキル、事務職にはRPAスキル、といった具体的な目標を設定します。
- オンライン学習プラットフォームの活用: 高額な研修でなくても、Udemy BusinessやCoursera for Teamsといったオンライン学習プラットフォームの法人契約は、手軽に多様な講座を提供できる有効な手段です。社員は自身のペースで、必要なスキルを学ぶことができます。
- 業務時間内での学習機会の確保: 「学習は業務外で」という考え方では、社員のモチベーションは上がりません。週に数時間でも良いので、業務時間内にリスキリングのための時間を確保することを推奨しましょう。
- OJT(On-the-Job Training)と連携: 学んだ知識を実際の業務で活用する機会を提供することで、学習効果を最大化します。例えば、オンライン講座で学んだAIの知識を、自社のデータ分析プロジェクトで試してみる、といった実践の場を設けます。
- 補助金・助成金の活用: 厚生労働省の「人材開発支援助成金」など、中小企業向けのリスキリングや人材育成を支援する国の制度があります。これらを積極的に活用することで、導入コストを抑えることが可能です。(参考:人材開発支援助成金|厚生労働省)
3-3. 人的資本経営の「未成熟」を乗り越え、企業価値を高めるロードマップ
「人的資本経営」という言葉は聞くけれど、自社でどう実践すればいいのか分からない…という企業も少なくありません。その「未成熟」な状態を乗り越え、真に企業価値を高めるためのロードマップを提示します。
- ステップ1:現状把握と課題の可視化
- 従業員エンゲージメント調査の実施: まずは、社員が現在の会社についてどう感じているのか、本音を把握しましょう。エンゲージメント調査やストレスチェックの結果を分析し、課題となっている点を特定します。
- スキルアセスメントの実施: 社員一人ひとりが現在どのようなスキルを持ち、将来どのようなスキルを習得したいと考えているかを可視化します。
- 「人的資本」に関するデータの収集: 離職率、エンゲージメントスコア、研修時間、女性管理職比率など、人的資本に関するデータを定期的に収集・分析する仕組みを構築しましょう。
- ステップ2:経営戦略との連動と目標設定
- 「人材戦略」を経営戦略の柱に: 人的資本経営は、単なる人事部の仕事ではありません。経営層が明確なリーダーシップを発揮し、「人」への投資が企業の未来を創るという強いメッセージを全社に発信しましょう。
- 具体的な目標設定: 「エンゲージメントスコアを〇%向上させる」「デジタル人材を〇名育成する」「女性管理職比率を〇%にする」など、具体的かつ測定可能な目標を設定します。WorkdayやSAP SuccessFactorsのようなHRテクノロジーは、これらの目標設定と進捗管理をサポートします。
- ステップ3:施策の実行とPDCAサイクルの確立
- パイロットプロジェクトから始める: 最初から完璧な施策を導入しようとせず、小規模な部署や特定の課題に焦点を当てたパイロットプロジェクトから始めましょう。
- 定期的な進捗確認と改善: 導入した施策の効果を定期的に測定し、目標達成度を確認します。うまくいかなければ、原因を分析し、改善策を講じるPDCAサイクルを回しましょう。
- 情報開示とコミュニケーション: 従業員に対して、人的資本経営への取り組み状況や目標達成度を積極的に開示しましょう。これにより、社員は自分が会社の重要な一部であると感じ、さらなる貢献意欲が生まれます。非上場企業であっても、外部への情報開示は採用活動や企業イメージ向上に寄与します。
「人」への投資は、すぐに目に見える結果として現れるものではないかもしれません。しかし、中長期的に見れば、社員の成長が組織の成長に繋がり、ひいては企業の競争力と企業価値を高める最も確実な道です。あなたの会社は、この未来への投資に、どれだけ真剣に向き合えるでしょうか?
次章では、最新技術である「生成AI」が、これらの組織変革をどのように加速させるかについて深掘りしていきます。