これまでの記事で、中小企業におけるデジタル化・DX遅れがもたらす経営リスクを認識し、それを乗り越えるためには経営戦略や人事戦略と連携した戦略的なロードマップを描くことが重要であることをお伝えしました。戦略は描けたとしても、「で、具体的に何をすればいいの?」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。
ご安心ください。DXは、最初から全てを完璧に揃える必要はありません。中小企業の強みである機動力を活かし、「スモールスタート」で小さく始めて、少しずつ成功体験を積み重ねていくことが、現実的で効果的なアプローチです。
この記事では、中小企業の皆様が明日からでも実践できる具体的なデジタル化ステップと、それがどのように人事戦略や働き方改革に繋がるのかを、具体的な業務領域に分けてご紹介します。経営者様、人事担当者様、産業保健スタッフの皆様が、自社の状況に合わせて取り組めるヒントがきっと見つかるはずです。
4-1. 小さく始めて効果を出す!スモールスタートの具体例
「スモールスタート」とは、デジタル化の対象範囲を限定し、小さく始めて成果を確認しながら徐々に展開していく手法です。これにより、コストや人材の課題を抑えつつ、成功体験を積み、組織全体のデジタルへの抵抗感を減らすことができます。
以下に、多くの中小企業が比較的容易に始められ、効果を実感しやすい「スモールスタート」の具体例を挙げます。
- 経費精算のデジタル化:紙の領収書を貼り付け、印鑑をもらって回る…時間もコストもかかる業務の代表例です。これをクラウド型の経費精算システム(例: 楽楽精算、Concur Expenseなど、中小企業向けのサービスも豊富です)に置き換えるだけで、申請・承認の効率が劇的に向上します。従業員はスマホで申請でき、ペーパーレス化や紛失リスク軽減にも繋がります。
- 社内承認ワークフローのデジタル化:様々な申請書類(稟議、休暇届、備品購入申請など)を回覧する代わりに、ワークフローシステム(例: AgileWorks、コラボフロー、あるいはGoogle FormsやMicrosoft Formsと連携可能なツール)を導入します。承認状況が「見える化」され、ボトルネックが解消。リモートワーク中でも承認業務が進められます。
- 情報共有・ドキュメント管理のデジタル化:必要な情報がどこにあるか分からない、最新版がどれか分からない…といった非効率は、クラウドストレージサービス(例: Google Drive, OneDrive, Dropbox Businessなど)や社内Wikiツール(例: Confluence, Notionなど)の導入で解消できます。全従業員がデジタル上で情報にアクセス・共有できるようになり、情報探しの時間を削減し、生産性が向上します。
これらの「スモールスタート」は、特定の部署や業務に限定して試験的に導入し、成果が出たら他部署へ展開するというステップが踏みやすいのが特徴です。小さな成功は、従業員のデジタルへの抵抗感を和らげ、次のステップへの意欲を引き出します。
4-2. 人事・労務業務のデジタル化:効率化とデータ活用
人事部は、中小企業のデジタル化・DXにおいて、最もデジタル化の恩恵を受けやすく、かつ戦略的な役割を果たすことができる部門の一つです。人事労務業務のデジタル化は、単なる効率化に留まらず、働き方改革推進、人的資本経営、そして従業員のウェルビーイング向上に直結します。
人事・労務業務で明日から実践できる主なデジタル化ステップは以下の通りです。
- 入社手続き・雇用契約のデジタル化:入社時の大量の書類作成や記入、押印は、候補者にも人事にも大きな負担です。クラウド型労務管理システム(例: SmartHR、労務freeeなど、中小企業での導入が進んでいます)を導入すれば、入社手続きをオンラインで完結させ、雇用契約も電子契約にできます。これにより、手続きのスピードアップ、ペーパーレス化、そして入社者の第一印象向上に繋がります。
- 勤怠管理のデジタル化:タイムカードや手書きの出勤簿は、集計に手間がかかるだけでなく、働き方改革における労働時間管理の厳格化に対応が難しくなります。クラウド型勤怠管理システム(例: キングオブタイム、ジョブカン勤怠管理など)を導入すれば、PCやスマホ、ICカードなどで正確な打刻が可能になり、自動集計やアラート機能で労働時間の管理が容易になります。これは、残業時間の抑制や有給休暇の取得促進といった働き方改革の推進に不可欠です。
- 人財情報の集約・管理(HRIS): 従業員の基本情報、スキル、経歴、評価などを紙やExcelでバラバラに管理していませんか? 基本的な機能を持つクラウド型HRIS(Human Resources Information System)や労務管理システムを活用し、情報を一元管理することで、必要な情報にすぐにアクセスできるようになり、人事部の生産性が向上します。
これらの人事労務業務のデジタル化は、単に効率化されるだけでなく、データ活用の基盤となります。例えば、勤怠データから特定の部署で恒常的に長時間労働が発生していることを把握し、業務改善や人員配置の見直しに繋げたり、人財情報を分析して、特定のスキルを持った従業員が不足していることを早期に発見し、人材育成計画を策定したりといった、データに基づいた人事戦略が可能になります。
データ活用は、勘や経験に頼りがちだった人事戦略を、より根拠に基づいたものへと進化させます。これは、人的資本を最大限に活かすための重要なステップです。
4-3. コミュニケーションと情報共有を活性化するツール活用
中小企業において、部署間の壁や情報共有の遅れは、生産性低下や従業員の孤立感を招く大きな要因です。デジタルツールを活用して、コミュニケーションと情報共有を活性化することは、これらの課題を解決し、より風通しの良い組織文化を醸成するために有効です。
明日からでも導入しやすいコミュニケーション・情報共有ツールは以下の通りです。
- ビジネスチャットツール: メールよりも手軽に素早く情報を伝えられるビジネスチャットツール(例: Slack, Microsoft Teams, LINE WORKS, Chatworkなど、国内・海外製含め様々な特徴を持つツールがあります)。部署やプロジェクトごとのグループを作成し、情報共有や簡単な確認をリアルタイムで行えます。これにより、メールの量が減り、情報伝達のスピードが向上します。特にリモートワークやハイブリッドワークを導入・推進する上で不可欠なツールです。
- 社内Wiki・ナレッジ共有ツール: 会社のルール、業務マニュアル、よくある質問とその回答、成功事例などを一箇所に集約し、全従業員がいつでもアクセスできるようにするツール(例: Confluence, Notionなど)。これにより、「あの情報どこだっけ?」「誰に聞けばいいの?」といった無駄なやり取りが減り、新入社員のオンボーディングもスムーズになります。ナレッジの属人化を防ぎ、組織全体の生産性向上に貢献します。
- Web会議ツール: 離れた場所にいるメンバーとの会議や、社外とのオンライン商談、あるいは従業員向けの説明会などに活用できるWeb会議ツール(例: Zoom, Google Meet, Microsoft Teamsなど)。移動時間やコストを削減し、遠隔地の人材との連携を容易にします。働き方改革におけるテレワーク推進には必須のツールです。
これらのツールを導入し、活用ルールを整備することで、社内の風通しが良くなり、部署間の連携がスムーズになります。従業員が必要な情報にいつでもアクセスできる環境は、主体的な働き方を促し、エンゲージメントの向上にも繋がります。これは、人的資本を活かす上での重要な要素です。
ここまで、中小企業が明日から実践できる具体的なデジタル化ステップを、人事労務業務とコミュニケーション・情報共有の側面から見てきました。経費精算、勤怠管理、入社手続き、そしてチャットや情報共有ツール…。これらはどれも、比較的安価で導入でき、小さな範囲から始められるものです。
重要なのは、これらのデジタル化が単なるツール導入ではなく、人事戦略や働き方改革、ひいては企業の競争力強化にどう繋がるのかを意識することです。デジタルツールで得られたデータ活用や、効率化で生まれた時間を活用し、より戦略的な人事活動や、従業員のウェルビーイング向上のための取り組みに繋げていくことが、中小企業におけるDXの本質です。
しかし、どんなに優れたツールを導入しても、それを「使う人」、つまり従業員の理解と協力がなければ、デジタル化・DXは絵に描いた餅になってしまいます。次回の記事では、この「人の壁」に焦点を当て、従業員のデジタルマインドをどう醸成し、変化への抵抗を「協力」に変えていくための人事や経営層の役割について掘り下げます。人的資本経営の視点から、成功するDXに不可欠な組織文化の作り方を見ていきましょう。ぜひ、続けてお読みください。