03-2. 事業承継は「人」の問題:人事戦略が鍵を握る理由

前回の記事では、多くの中小企業が直面している事業承継後継者不足の厳しい現実、そしてその後継者不在がもたらす深刻なリスクについてご理解いただけたかと思います。貴社にも潜む「予兆」に気づき、漠然とした不安を感じている社長人事担当者の方もいらっしゃるかもしれません。

では、この難題に対し、私たちはどのように向き合い、解決への糸口を見出せば良いのでしょうか?その答えは、「」にあります。そして、「」に関する戦略、すなわち人事戦略こそが、事業承継成功の鍵を握っているのです。

事業承継とは、単に会社の所有権や法律上の代表者の地位を次世代に移す手続きではありません。それは、経営理念や企業文化、長年培ってきた技術やノウハウ、顧客や取引先との関係性、そして何よりも、その会社を成り立たせている「」の力を未来へ繋ぐ、生きたプロセスです。これらの要素はすべて、「」によって生み出され、伝えられ、発展していくものです。だからこそ、事業承継問題は、本質的に「」の問題なのです。

そして、この「」に関する戦略を体系的に考え、実行していくのが人事部門です。人事戦略が機能しているかどうかで、後継者不足という課題にどう立ち向かえるかが決まると言っても過言ではありません。

2-1. 事業承継を成功させる鍵は「人材」にあり

事業承継の成功は、誰かたった一人の「スーパー後継者」を見つけることだけでは決まりません。もちろん、次期社長となるリーダーの資質は極めて重要ですが、それ以上に大切なのは、そのリーダーを支え、共に会社を動かしていく「人材」の層の厚さです。

ここで言う「人材」とは、次期経営幹部候補、部門を牽引するリーダー、そして現場で企業活動を支える全ての従業員を含みます。彼ら一人ひとりが持つスキル、知識、経験、そして会社へのエンゲージメントこそが、企業が持つ真の人的資本です。事業承継とは、この人的資本を損なうことなく、むしろ強化しながら次世代へ引き継ぐプロセスなのです。

次期社長に求められる資質も、単に財務や営業の知識があるというだけでは不十分です。変化の激しい時代において、新たなビジョンを描き、多様な従業員をまとめ上げ、取引先や地域社会との良好な関係を維持・発展させていく「リーダーシップ」、未知の課題にも柔軟に対応できる「適応力」、そして何よりも、会社の理念を理解し、それを体現できる「人間力」が求められます。これらの資質は、生まれつき持っているものではなく、計画的な「人材育成」によって培われていくものです。

つまり、事業承継を成功させるための鍵は、特定の誰かを見つけることではなく、未来に必要な「人材」を定義し、それを育て、活かすための人事戦略をどれだけ真剣に実行できるかにかかっています。適切な「人材」がいれば、どんな変化にも対応できる強い組織となり、事業承継という大きな変化も乗り越えていけるのです。

2-2. 人事部門が果たすべき役割と責任(社長だけでなく人事も主体に)

事業承継社長が決めること」という考え方は、もはや通用しません。特に中小企業において、人事部門事業承継プロセスに主体的に関与し、その責任を果たすことが不可欠です。

では、人事部門は具体的にどのような役割を担うべきなのでしょうか?

  1. 潜在的な後継者候補・キーパーソンの特定と評価: 現状の人材データベースを分析し、経営幹部候補や、将来の会社を支える重要な人材候補を特定します。表面的な能力だけでなく、リーダーシップ適性や将来的なポテンシャルを見抜くための多角的な評価を行う必要があります。これはタレントマネジメントの基本であり、事業承継の出発点です。
  2. 計画的な人材育成プログラムの設計と実行: 特定された候補者に対し、必要なスキルや経験を習得させるための個別育成計画を策定します。外部研修だけでなく、OJT、メンタリング、異動による経験蓄積、社外のネットワーク構築支援など、実践的な機会を提供します。人事が主体となって計画を推進し、進捗を管理することが重要です。
  3. 後継者・キーパーソン候補のエンゲージメント向上と定着: 育成対象者に対し、会社からの期待や、将来のキャリアパスを明確に伝え、モチベーションを高めます。彼らが「この会社で長く働き、貢献したい」と思えるような、魅力的な働き方や企業文化を醸成することも人事の重要な役割です。
  4. 事業承継プロセスのコミュニケーション促進: 社長、後継者候補、従業員、役員など、関係者間のオープンなコミュニケーションを支援します。事業承継の意向や計画を適切に伝え、従業員不安を軽減し、全社的な理解と協力を得るための調整役を担います。
  5. 健康経営の視点を取り入れたサポート:社長の健康管理はもちろんのこと、後継者候補や経営チームメンバーが心身ともに健康な状態で重要な局面を乗り越えられるよう、産業医や保健師とも連携し、サポート体制を構築します。健康経営は、長期的な人材育成事業継続の基盤となります。

このように、人事部門は単なる手続きの担当者ではなく、事業承継という経営の最重要課題に対し、戦略的なパートナーとして深く関与し、実行を推進していく責任があるのです。社長人事が一体となってこの課題に取り組む姿勢こそが、中小企業事業承継を成功に導く鍵となります。

2-3. 後継者不足は過去の人材育成・採用戦略の結果なのか?根本原因の分析

現在、貴社が後継者不足という課題に直面しているとしたら、それはもしかしたら、過去の人材育成採用戦略の結果である可能性を真剣に考える必要があります。後継者不在は、突然現れた問題ではなく、長年にわたる「人」に関する取り組みの積み重ね(あるいは不足)の表れかもしれません。

  • 計画性の欠如: 「そのうち誰か良い人が現れるだろう」「自分が引退するまでに考えればいい」と、事業承継人材育成に対する長期的な計画を持たなかった。場当たり的な採用やOJTに終始し、体系的な育成プログラムがなかった。
  • 「人」への投資不足: 研修予算が少ない、人材育成にかける時間が取れない、といった理由で、「」という最も重要な資産への投資を十分に行わなかった。
  • 評価・抜擢の仕組みの不備: 従業員の潜在能力やリーダーシップ適性を適切に評価する仕組みがなく、次世代を担いうる人材を見落としていた、あるいは抜擢する基準が不明確だった。タレントマネジメントの視点が欠けていた。
  • 外部環境の変化への対応遅れ: 少子高齢化や若者の価値観の変化といった外部環境の変化に対し、自社の採用戦略働き方をアップデートできず、新しい人材を惹きつけ、定着させることができなかった。
  • 現経営者の意識:社長が権限委譲をためらったり、「自分が一番」という意識が強すぎたりして、後継者候補が育つ機会を奪ってしまった。

これらの要因が複合的に絡み合い、現在の後継者不足という状況を生み出しているのです。つまり、後継者問題根本原因は、事業承継というイベントそのものにあるのではなく、日頃からの「人」に関する取り組み、すなわち人事戦略人材育成のあり方に深く根ざしていると言えます。過去の人事の取り組みを内省し、どこに課題があったのかを分析することも、未来に向けた第一歩となります。

次なる一歩へ:具体的な人事戦略の実践

今回の記事では、中小企業における事業承継後継者不足という問題が、いかに「人」に深く関わる課題であり、その解決には人事戦略が不可欠であることを解説しました。後継者不在という根本原因は、多くの場合、過去の「人」に関する取り組みの結果であり、これからは人事部門が主体的に、そして戦略的に動く必要があることをご理解いただけたかと思います。

では、具体的にどのような人材育成人事の仕組みづくりを進めていけば良いのでしょうか?次回の記事では、今回の内容を踏まえ、中小企業が実際に取り組める事業承継のための具体的な人材育成人事戦略の設計方法に焦点を当てて深掘りしていきます。後継者候補の見つけ方から、実践的な育成プログラムの設計、そして組織文化の醸成まで、貴社が明日から取り組める実践的ヒントを多数ご紹介します。

社長人事部の皆様、後継者不足という課題を乗り越え、貴社の未来を確かなものとするための具体的なアクションプランを、次回の記事で共に探りましょう。どうぞご期待ください。