前回のセッションでは、不確実な時代において、資金繰り・資金調達が企業の未来を左右する重要な経営課題であることをお話ししました。未来への投資を可能にし、持続的な成長を実現するためには、まず自社の「資金体質」がどうなっているのか、正確に把握することから始めなければなりません。
例えるなら、資金繰りの把握は、人間でいうところの健康診断です。体調が悪い時に病院に行くように、会社の資金繰りに不安を感じた時にだけ慌てて確認するのではなく、定期的に、そして正確に現状を把握しておくことが極めて重要になります。早期に問題の兆候を発見できれば、それだけ迅速かつ効果的な対策を打つことができるからです。
損益計算書(P/L)だけでは不十分?キャッシュフローで見る資金の「入り」と「出」
多くの経営者や担当者が、会社の業績を測る上でまず確認するのが「損益計算書(Profit and Loss Statement、略してP/L)」でしょう。P/Lは、ある一定期間に会社がどれだけ儲けたか(または損したか)、つまり「収益」から「費用」を差し引いた「利益」を知る上で非常に重要な書類です。
しかし、実はこのP/Lだけを見ていても、会社の実際の資金状況は十分に把握できません。なぜなら、P/L上の「売上」や「費用」は、必ずしもその期間中に実際にお金が入ってきたり、出ていったりしたタイミングとは一致しないことがあるからです。
例えば、商品を販売しても、代金回収が数ヶ月後になる「売掛金」があります。P/L上は売上が計上され利益が出ているように見えても、実際にはまだお金が入ってきていない状態です。逆に、仕入れ代金の支払いが先に発生する「買掛金」もあります。
このような、P/Lでは捉えきれない「実際の現金の動き」こそが、資金繰りにおいて最も重要になります。ここで登場するのが「キャッシュフロー」という概念です。
キャッシュフロー(Cash Flow)とは、読んで字のごとく、会社における現金の「流れ」のこと。特定の期間に、どのような活動によってどれだけ現金が増減したかを示します。利益が出ていても支払いに必要な手元の現金が不足し、倒産してしまうことを「黒字倒産」と呼びますが、これはまさにP/Lだけを見てキャッシュフローを軽視した結果起こりうる悲劇です。
キャッシュフローは、主に以下の3つの活動に分けられます。
- 営業活動によるキャッシュフロー: 本業の営業活動(商品の販売やサービスの提供、仕入れや経費の支払いなど)によって生じる現金の増減。ここがプラスであることが、事業が順調であることの基本的な条件です。
- 投資活動によるキャッシュフロー: 将来の成長のための投資(設備投資、有価証券の購入・売却、子会社株式の取得など)に関わる現金の増減。通常はマイナス(投資による支出がある)になりますが、これは成長のための前向きな支出と言えます。
- 財務活動によるキャッシュフロー: 資金の調達や返済に関わる現金の増減(金融機関からの借入、株式の発行、借入金の返済、配当金の支払いなど)。借入や増資があればプラス、返済や配当支払いがあればマイナスになります。
これらのキャッシュフローを見ることで、会社が本業でしっかり稼げているか、将来のために積極的に投資しているか、借入に過度に依存していないか、といった資金の「質」や「流れ」を立体的に把握することができます。P/Lが会社の「成績表」だとすれば、キャッシュフローは会社の「資金の健康状態を示す診断書」と言えるでしょう。
欧米の企業、特に上場企業では、P/L、B/S(貸借対照表)と並んで、キャッシュフロー計算書の開示が義務付けられており、投資家もキャッシュフローを重視して企業の評価を行います。これは、企業の真の支払い能力や資金の健全性を示す指標として、世界的に重要視されていることの表れです。日本国内でも、企業の持続可能性への関心が高まる中で、キャッシュフロー経営の重要性はますます認識されています。
資金繰り表の作成と活用:会社の血液の流れを把握する第一歩
キャッシュフローの概念は理解できたとしても、「じゃあ、具体的にどうやって自社のキャッシュフローを把握すればいいの?」と思われるかもしれません。そこで最も基本的なツールとなるのが、「資金繰り表」です。
資金繰り表とは、将来にわたって一定期間(例えば1ヶ月や3ヶ月)の資金の収入(入金)と支出(出金)の予定を一覧にしたものです。これにより、いつ、いくらのお金が入ってきて、いつ、いくらのお金が出ていくのか、つまり会社の「血液の流れ」を具体的に「見える化」することができます。
資金繰り表を作成する目的は多岐にわたりますが、主なものは以下の通りです。
- 資金ショートの早期発見と対策: 将来のある時点で手元の現金が不足しそうな「資金ショート」のリスクを事前に察知できます。これにより、慌てることなく、早めに金融機関に相談したり、支払いサイトの見直しを検討したり、といった対策を講じる時間的余裕が生まれます。
- 資金調達計画の立案: いつまでに、いくらの資金が必要になるかを具体的に把握できるため、必要な資金調達の方法(融資、補助金など)や時期を計画的に検討できます。
- 将来の投資判断: 資金繰り表で将来の資金余力を確認することで、設備投資や新規事業への投資など、成長に向けた前向きな支出が可能かどうかを判断する材料になります。
- 金融機関とのコミュニケーション: 金融機関は、融資の判断材料として企業の返済能力を重視します。正確に作成された資金繰り表は、自社の資金管理能力を示すとともに、将来の見通しを具体的に説明するための有力なツールとなります。金融機関からの信頼を得る上でも非常に有効です。
資金繰り表の基本的な作成方法
資金繰り表は、特別な会計知識がなくても、エクセルなどの表計算ソフトを使って自社で作成することができます。もちろん、会計ソフトや資金繰り管理に特化したクラウドサービスを利用すれば、より効率的に、かつ精緻に作成することも可能です。
基本的な資金繰り表の項目は以下のようになります。
項目 | 前月末残高 | 今月の収入予定 | 今月の支出予定 | 今月末残高 |
---|---|---|---|---|
営業収入 | ||||
売上代金回収 | ○○円 | |||
その他営業収入 | △△円 | |||
営業支出 | ||||
仕入代金支払 | ××円 | |||
人件費 | □□円 | |||
経費 | ◇◇円 | |||
その他営業支出 | ☆☆円 | |||
経常収支 | (収入合計 – 支出合計) | |||
財務収入 | ||||
金融機関からの借入 | ●●円 | |||
その他財務収入 | ||||
財務支出 | ||||
借入金返済 | ▲▲円 | |||
その他財務支出 | ▼▼円 | |||
差引増減額 | (経常収支 + 財務収支) | |||
当月末残高 | 前月末残高 | 前月末残高 + 差引増減額 |
※上記はあくまで基本的な例です。自社の事業内容に合わせて項目は調整してください。
この表を、例えば今後3ヶ月、半年、あるいは1年といった期間で作成します。ポイントは、単に過去の実績をまとめるだけでなく、将来の「予定」をできるだけ正確に見積もることです。売上予測に基づく入金予定、仕入れや経費の支払い予定、借入金の返済予定などを可能な限り具体的に落とし込んでいきます。
もちろん、将来の予測は変動する可能性があります。しかし、予測が外れたとしても、定期的に資金繰り表を見直し、更新していくことで、予測精度は高まっていきますし、何より「常に資金の流れを意識する」という経営体質を養うことができます。
中小企業庁のウェブサイトや、多くの金融機関、商工会議所なども、資金繰り表のテンプレートや作成に関する情報を提供していますので、これらを参考に始めてみるのも良いでしょう。
資金繰り管理を支援するツール・サービスの進化
近年のテクノロジーの進化により、資金繰り管理はより効率的かつ正確に行えるようになっています。多くの会計ソフトには、入力されたデータに基づいて資金繰り表やキャッシュフロー計算書を自動で作成する機能が搭載されています。また、金融機関の入出金データと連携し、リアルタイムに近い形で資金繰りを把握できるクラウド型の資金繰り管理サービスも登場しています。
これらのツールを活用することで、手作業によるミスを減らし、資金繰り状況の把握にかかる時間を大幅に短縮できます。浮いた時間を、資金繰り改善のための具体的な戦略検討や、事業の成長に繋がる活動に使うことができるのです。
もちろん、いきなり高機能なツールを導入する必要はありません。まずはエクセルで作成することから始めてみて、慣れてきたらツールの導入を検討する、というステップで十分です。重要なのは、「見える化」すること、そしてそれを継続的に行うことです。
資金繰りの「見える化」は、単に現在の資金状況を把握するだけでなく、将来の課題やリスクを早期に発見し、打ち手を考えるための強力な武器となります。それは、まるで体の隅々までチェックする健康診断のように、会社の潜在的な問題を明らかにし、より健康な資金体質へと改善していくための第一歩なのです。
次のセッションでは、この現状把握を踏まえて、中小企業が活用できる様々な「資金調達」の選択肢について、それぞれの特徴や引き出すためのポイントを詳しく見ていきましょう。