前回のセッションでは、会社の資金の健康状態を把握するための「見える化」、すなわちキャッシュフローと資金繰り表の重要性についてお話ししました。自社の現状を正確に理解できたところで、次に考えるべきは、会社の成長や安定に必要な資金をどのように「調達」するか、という戦略です。
「資金調達」と聞くと、多くの経営者の方がまず思い浮かべるのは「銀行からの借入」かもしれません。もちろんそれは資金調達の最も一般的で重要な方法の一つですが、実は中小企業が活用できる資金調達の方法は、それだけにとどまりません。事業の目的やフェーズ、必要な金額、返済能力など、自社の状況に合わせて最適な方法を選ぶ、あるいは複数を組み合わせることが、資金調達成功の鍵となります。
このセッションでは、中小企業が知っておくべき主な資金調達の選択肢と、それぞれの特徴、そして活用するためのポイントを詳しく見ていきましょう。
基礎知識:デットファイナンスとエクイティファイナンスの違いとは?
具体的な資金調達方法に入る前に、資金調達を大きく二つに分類する基礎知識として、「デットファイナンス」と「エクイティファイナンス」について理解しておきましょう。
デットファイナンス(Debt Finance): これは「借入による資金調達」を指します。代表的なものは、金融機関からの融資や社債の発行です。資金を借り入れるため、将来的に元本と利息を返済する義務が発生します。会社の所有権(株式)は希薄化しません。
- メリット: 経営権に影響がない、返済計画が立てやすい、利息は税務上の損金となる。
- デメリット: 返済義務があるため、キャッシュフローを圧迫する可能性がある、金利負担がある、会社の信用力に応じて借入額や金利が決まる。
エクイティファイナンス(Equity Finance): これは「株式の発行による資金調達」を指します。投資家から出資を受ける代わりに、会社の所有権の一部(株式)を渡します。資金の返済義務はありませんが、出資者は会社の株主となり、将来的に利益配当や株主総会での議決権を得ます。
- メリット: 返済義務がないため、資金繰りが楽になる、自己資本が増強され会社の信用力向上に繋がる。
- デメリット: 株式の持分割合に応じて経営権が希薄化する可能性がある、将来の利益から配当を支払う必要がある(義務ではないが期待される)。
中小企業の場合、最も一般的なのはデットファイナンスである金融機関からの融資ですが、近年はエクイティファイナンスの選択肢も増えてきています。それぞれの特性を理解し、自社の状況や目的に合った方法を選択することが重要です。
最も身近な存在:金融機関(銀行・信用金庫など)からの融資をどう引き出すか
中小企業にとって、最も身近で頼りになる資金調達先は、やはり金融機関です。都市銀行、地方銀行、信用金庫、信用組合といった民間の金融機関に加え、中小企業向けの融資に特化した日本政策金融公庫のような政府系金融機関もあります。
金融機関融資の種類
- プロパー融資: 金融機関が自社の判断とリスクで直接融資を行うものです。企業の信用力や将来性が重視されます。
- 信用保証協会付き融資: 企業の借入に対して信用保証協会が保証を付けることで、金融機関が融資しやすくなる制度です。特に担保や保証力が弱い中小企業にとって重要な選択肢です。万が一返済が滞った場合、信用保証協会が代わりに金融機関に弁済(代位弁済)します。企業はその後、信用保証協会に弁済した金額を返済していくことになります。
- 制度融資: 国や地方公共団体が、特定の政策目的(創業支援、経営改善、設備投資促進など)のために、金融機関と信用保証協会と連携して提供する融資制度です。通常の融資よりも有利な条件(低金利、長期借入など)が設定されていることが多いです。
融資を引き出すためのポイント
金融機関から融資を引き出すためには、単に資金が必要だと伝えるだけでは不十分です。金融機関は、融資した資金が確実に返済されるか(返済能力)、そしてその資金が事業の成長にどう繋がるのか(事業性)を厳しく審査します。以下の点を意識することが重要です。
- 良好なコミュニケーションと信頼関係の構築: 普段から金融機関と密に連携を取り、自社の経営状況や将来の展望について積極的に情報提供を行いましょう。決算期だけでなく、四半期ごとや、大きな経営判断をした際には報告・相談に行くなど、透明性の高い関係を築くことが信頼に繋がります。担当者との日頃からのコミュニケーションが、いざという時の迅速な対応を可能にします。
- 説得力のある事業計画書の提示: なぜ資金が必要なのか、その資金を何に使い、どのように売上や利益を伸ばし、いつどのように返済していくのかを具体的に示した事業計画書は、融資審査において最も重要な書類の一つです。単なる願望ではなく、市場分析、競合分析、具体的な実施戦略、数値計画(売上、コスト、利益、そして資金繰り予測)に基づいた、実現可能性の高い計画を示す必要があります(事業計画書の重要性については、次々回のセッションでさらに掘り下げます)。
- 正確な計数管理と情報開示: P/L、B/Sはもちろん、前回のセッションで解説した資金繰り表も非常に有効です。自社の財務状況を正確に把握し、金融機関の求めに応じて迅速かつ正確な情報を提供できる体制を整えましょう。これは、資金管理能力の高さをアピールすることにも繋がります。
- 経営者自身の考えや熱意を伝える: 金融機関は、数字だけでなく、経営者自身のビジョンや事業に対する情熱も見ています。面談の機会があれば、自社の強み、市場における優位性、そして資金を使って成し遂げたいことについて、自身の言葉でしっかりと伝えましょう。
近年のトレンドとして、FinTech(金融×テクノロジー)の発展により、オンラインで手軽に融資を申し込めるサービスや、AIによる審査を活用した迅速な融資なども登場しています。特に少額・短期の運転資金などであれば、こうした新しい手法も選択肢に入れることができます。
返済負担を軽減!国の補助金・助成金を活用するポイント
金融機関からの融資が「借入」であるのに対し、「補助金」や「助成金」は、原則として返済の必要がない資金です(ただし、受け取るためには一定の条件を満たす必要があります)。これは、国の政策目標(例えば、新しい技術開発、省エネルギー推進、雇用促進、働き方改革など)を実現するために、その目的に合致する事業を行う企業に対して資金の一部を「給付」するものです。
補助金・助成金のメリット・デメリット
- メリット: 返済の必要がないため、会社の財務体質を強化できる、新しい取り組みへのチャレンジを後押ししてくれる。
- デメリット: 申請手続きが煩雑で時間がかかる場合がある、必ずしも採択されるとは限らない(特に補助金)、事業実施後に経費の一部が支給される「後払い」形式が多い、使途に制限がある。
中小企業向けの主な補助金・助成金(例)
補助金や助成金は、その時々の政策によって内容が大きく変わりますが、中小企業がよく活用するものとしては以下のようなものがあります(最新の情報は必ず公式発表をご確認ください)。
- 事業再構築補助金: 新分野展開、事業転換、業種転換などの思い切った事業再構築を支援。
- ものづくり補助金: 革新的な製品・サービス開発や生産プロセス改善に必要な設備投資などを支援。
- IT導入補助金: 中小企業等の業務効率化やDX推進のため、ITツールの導入費用の一部を支援。
- キャリアアップ助成金: 非正規雇用労働者の正社員化や処遇改善などの取り組みを支援(雇用関係助成金の一種)。
- 人材開発支援助成金: 従業員への訓練(研修)費用の一部を支援(雇用関係助成金の一種)。
- 地域別の補助金・助成金: 各自治体が独自に設けている制度もあります。
活用するポイント
補助金・助成金を効果的に活用するためには、以下の点を意識しましょう。
- 常に最新の情報を収集する: 補助金・助成金の情報は、経済産業省、厚生労働省、中小企業庁などのウェブサイト、地方自治体のウェブサイト、商工会議所などで公表されます。特に中小企業庁が運営する「ミラサポplus」は、補助金・助成金の情報を一元的に検索できる便利なツールです。メールマガジン登録やSNSでの情報収集も有効です。
- 自社の事業目的と合致するか確認する: 補助金・助成金にはそれぞれ明確な目的と対象があります。自社がやろうとしている事業が、その制度の目的に本当に合致しているか、支給要件を満たしているかをしっかり確認しましょう。
- 具体的な計画を立てる: 採択されるためには、事業計画と同様に、なぜその補助金・助成金が必要なのか、どのように活用し、どのような成果を目指すのかを具体的に、かつ論理的に説明する必要があります。審査項目を理解し、それに沿った申請書を作成することが重要です。
- 専門家のサポートも検討する: 申請書の作成や手続きは煩雑な場合が多く、専門的な知識が必要になることもあります。中小企業診断士や行政書士など、補助金・助成金の申請支援を専門とするコンサルタントに相談することも有効な手段です。ただし、コンサルタントへの報酬も考慮に入れて検討しましょう。
補助金や助成金は、返済の負担なく資金を調達できる魅力的な手段ですが、あくまで事業計画ありきで、資金はその計画を実現するための一つの要素である、という視点を忘れないことが大切です。
新しい資金調達の形:クラウドファンディングやその他の手法
インターネットやテクノロジーの発展に伴い、近年は金融機関からの融資や補助金・助成金とは異なる、新しい資金調達の手法も多様化しています。中小企業が事業資金を調達したり、新しいプロジェクトを立ち上げる上で有効な選択肢となり得ます。
クラウドファンディング(Crowdfunding)
インターネットを通じて、不特定多数の人々から少額ずつ資金を調達する手法です。「群衆(クラウド)」から「資金調達(ファンディング)」するという意味です。
- 購入型クラウドファンディング: 支援者はプロジェクトに資金を提供し、そのリターンとして完成した製品やサービス、特別な体験などを受け取ります。新しい商品開発やサービス提供のテストマーケティングとしても活用されます。日本のプラットフォームとしては「Makuake」「CAMPFIRE」「READYFOR」などがあります。
- 寄付型クラウドファンディング: 社会貢献活動や慈善事業など、特定の目的に対して寄付を募るものです。リターンは、感謝のメッセージやお礼状などが中心となります。
- 融資型クラウドファンディング(ソーシャルレンディング): 資金を必要とする企業が、プラットフォームを通じて個人投資家から借入を行うものです。企業は投資家に対し、後日利息をつけて返済します。
- 株式投資型クラウドファンディング: 未上場のスタートアップ企業が、インターネットを通じて個人投資家から資金を調達し、その対価として株式を発行するものです(日本においては、投資額に上限が設けられています)。
クラウドファンディングのメリット・デメリット
- メリット: 資金調達だけでなく、製品・サービスの市場ニーズの確認、潜在顧客やファンの獲得、認知度向上といった副次的な効果も期待できる、比較的少額から始めやすい。
- デメリット: プロジェクトが成立しない場合は資金を受け取れないことがある(All-or-Nothing方式の場合)、プラットフォームへの手数料が発生する、プロジェクトの情報公開が必要になる、リターンの準備や発送に手間がかかる場合がある。
中小企業にとっては、特に購入型クラウドファンディングが、新しい製品・サービスの開発資金調達や、市場投入前のテストとして活用されています。成功事例も増えており、自社の事業内容と合致するか検討してみる価値は大きいでしょう。
その他の資金調達手法(成長志向の企業向け)
ベンチャー企業や急成長を目指す中小企業にとっては、以下のような手法も選択肢に入ります。
- エンジェル投資家からの資金調達: 創業間もない企業に対して、個人の富裕層投資家(エンジェル投資家)が自己資金を投資するものです。資金提供だけでなく、自身の経営経験やネットワークを提供してくれることもあります。
- ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達: 未上場の成長企業に対して、ハイリターンを期待してリスクマネーを供給する投資会社です。株式を取得する形で投資し、企業の成長を支援し、将来的に株式公開(IPO)やM&Aなどで投資回収を目指します。エクイティファイナンスの代表的な形です。
これらの手法は、会社の所有権の一部を渡すことになるため、経営への影響も考慮して慎重に検討する必要がありますが、大きな成長を目指す上で強力な資金源となり得ます。
どの資金調達方法を選ぶか?目的と自社の状況に合わせた選び方
ここまで、様々な資金調達の方法を見てきましたが、「結局、うちの会社にはどれが合っているの?」と思われるでしょう。最適な資金調達方法は、企業の状況、資金が必要な目的、必要な金額、返済能力、そして将来のビジョンによって異なります。
資金が必要な目的が、日々の運転資金なのか、新しい設備投資なのか、研究開発費なのか、新規事業の立ち上げなのかによって、適した資金調達方法は変わってきます。また、会社の業績や設立からの期間、既存の借入状況なども判断材料となります。
一般的には、
- 日々の運転資金や短期的な資金不足: 金融機関からの短期融資や当座貸越
- 設備投資や事業拡大など、まとまった長期資金: 金融機関からの長期融資、保証協会付き融資、場合によっては補助金活用
- 新しい技術開発や革新的な取り組み: 補助金、ベンチャーキャピタル、株式投資型クラウドファンディング
- 新しい製品やサービス開発、テストマーケティング: 購入型クラウドファンディング
- 自己資本の増強、経営基盤の強化: エクイティファイナンス(増資など)
といったように、目的別に大まかな方向性を定めることができます。
また、一つの資金調達方法にこだわる必要はありません。複数の方法を組み合わせる「ハイブリッド戦略」も有効です。例えば、設備投資資金の一部を補助金で賄い、残りを金融機関からの長期融資で賄う、といった方法です。これにより、資金調達のリスクを分散し、より有利な条件で資金を確保できる可能性が高まります。
重要なのは、それぞれの資金調達方法の仕組み、メリット・デメリットを理解した上で、自社の事業計画と資金繰り計画に基づき、どの方法が最も効果的でリスクが少ないかを総合的に判断することです。
次のセッションでは、資金繰り・資金調達に取り組む上で中小企業が直面しやすい具体的な課題と、それらをどのように乗り越えていけば良いのか、さらに掘り下げていきます。特に、金融機関との関係構築や、事業計画の重要性について詳しく見ていきましょう。