理想は分かったけれど、「うちにはそんな専門家も予算もない…」と感じているかもしれません。しかし、ご安心ください。全てを一度に行う必要はありません。小さくても良いので、自社の状況に合わせた一歩を踏み出すことが重要です。ここでは、ウェルビーイング、メンタルヘルス、健康診断を連携させ、健康経営を推進するための具体的なステップを5つに分けてご紹介します。
Step 1: 現状を知る:ストレスチェックと健康診断データを紐づける方法
効果的な施策を打つためには、まず自社の「健康とウェルビーイングの現状」を正しく把握することが不可欠です。そのために最も身近で有用なデータが、ストレスチェックの集団分析結果と定期健康診断の集団分析結果です。
これら二つのデータを別々に眺めるのではなく、ぜひ一緒に見てみてください。例えば、特定の部署で「高ストレス者の割合が高い」というストレスチェックの結果と、同じ部署で「生活習慣病リスクを示す有所見者が多い」という健康診断の結果が出ている場合、そこには長時間労働、高い業務負荷、人間関係の課題など、共通の職場環境要因が影響している可能性が考えられます。
データの紐づけ方としては、部署別、年齢層別、職種別などでそれぞれ集計し、傾向を比較するのが一般的です。もし自社で高度な集計・分析が難しい場合は、ストレスチェックの実施機関や健康診断の委託先、あるいは産業医に相談してみましょう。集団分析レポートの読み方や、より詳細な分析のサポートをしてくれる場合があります。また、可能であれば、従業員へのヒアリングや匿名アンケートなどを組み合わせることで、データからは見えにくい現場の生の声や具体的な課題を把握することができます。
Step 2: 早期発見・早期対応:産業医、保健師、外部機関との連携強化策
ストレスチェックや健康診断で何らかの課題が見つかった従業員に対し、早期に適切な対応を行うことが、心身の不調の悪化を防ぎ、回復を早める上で非常に重要です。この段階で中心的な役割を果たすのが、産業医や産業保健師、そして外部の専門機関です。
中小企業の場合、専属の産業医がいない、あるいは非常勤の産業医になかなか相談しにくい、といった声も聞かれます。しかし、法で定められた選任義務がある以上、産業医との連携は必須です。選任している産業医とは定期的に面談の機会を持ち、ストレスチェックの結果報告や高ストレス者への対応方針、健康診断の有所見者へのフォローアップについて相談しましょう。産業医には守秘義務があるため、従業員の個人情報に配慮しつつ、必要な情報を共有し、連携体制を構築することが重要です。
また、従業員が気軽に相談できる窓口を設けることも有効です。社内の相談窓口担当者を決めたり、外部のEAP(従業員支援プログラム)サービスを導入したり、地域産業保健センターなどの公的な機関を活用したりと、様々な選択肢があります。従業員に「困ったときに頼れる場所がある」と知ってもらうだけでも、安心感につながります。
Step 3: 有所見者フォローを確実に:受診勧奨を成功させるコミュニケーション
健康診断で「要精密検査」や「要医療」といった有所見の判定が出たにもかかわらず、放置してしまう従業員は少なくありません。「忙しい」「自覚症状がないから大丈夫」といった理由で受診をためらうケースが多いでしょう。しかし、有所見を放置することは、病気の早期発見・治療の機会を逃し、将来的に重症化するリスクを高めるだけでなく、企業にとっても休職や生産性低下のリスクにつながります。
有所見者へのフォローアップは、単に受診勧奨の通知書を渡すだけで終わらせてはいけません。人事担当者や産業保健スタッフによる丁寧な声かけが重要です。なぜ受診が必要なのか、放置するとどのようなリスクがあるのかを分かりやすく伝え、従業員自身の健康への意識を高める働きかけを行いましょう。産業医面談の中で、健康診断の結果についてアドバイスや受診勧奨を行ってもらうことも有効です。また、受診のための時間的な配慮や、もし医療費助成制度などがあれば周知するなど、従業員が受診しやすくなるような環境整備も検討に値します。フォローアップ状況を記録し、必要に応じて再度の声かけを行うなど、粘り強く継続することが成功の鍵です。
Step 4: 職場環境改善へのフィードバック:現場が動き出すデータ活用
Step 1で分析したストレスチェックや健康診断の集団分析データを、経営層や人事部門だけで留めておくのは非常にもったいないことです。これらのデータを現場の管理職や従業員に分かりやすい形でフィードバックし、職場環境改善の議論を促すことが重要です。
例えば、「この部署では、運動習慣のない人の割合が高い」「この年代の従業員は、睡眠に関する課題を抱えている人が多い」といった具体的なデータを示すことで、現場の従業員も自分たちに関わる問題として捉えやすくなります。一方的な「~しなさい」という指示ではなく、「私たちの部署の健康課題は〇〇のようです。どうすれば改善できるか、皆で考えてみませんか?」といったように、共に解決策を考えるスタンスで臨むことが、現場を動かすポイントです。
ストレスチェックの集団分析結果は、まさに職場環境改善のための宝庫です。「仕事の量的負担」「仕事のコントロール度」「上司からの支援」「同僚からの支援」といった具体的な項目ごとの点数を共有し、部署ごとに強みと弱みを把握することで、よりターゲットを絞った効果的な改善策を検討できます。例えば、「上司からの支援」の点数が低い部署であれば、管理職向けのコミュニケーション研修を実施するといった具体的なアクションにつながります。
Step 5: 従業員が主体的に取り組む「健康行動」をどう促すか
企業の健康施策を進める上で忘れてはならないのが、従業員一人ひとりの健康への意識と、主体的な健康行動を促すことです。企業がどんなに素晴らしい制度やプログラムを用意しても、従業員自身が「自分の健康は自分で守るもの」という意識を持たなければ、真の効果は得られません。
ヘルスリテラシー(健康に関する正しい情報を入手し、理解し、活用する能力)の向上を支援しましょう。健康診断の結果の見方や、生活習慣病予防、メンタルヘルスのケア方法などに関する情報を、社内報やポスター、社内研修などを通じて提供します。外部講師を招いた健康セミナーなども効果的です。
また、健康的な行動をとりやすい環境を作ることも重要です。例えば、社内にウォーキングスペースを設けたり、健康的なメニューの社食を導入したり、禁煙をサポートしたりといった物理的な環境整備も有効です。さらに、「健康ポイント」を付与する制度や、目標達成者を表彰するといったインセンティブを設けることも、従業員のモチベーションを高める上で効果が期待できます。これは、単なる「飴」ではなく、従業員自身の健康への意識を高め、行動変容を促すための「仕掛け」と捉えましょう。