02-5. 健康経営・産業保健を強化するデジタル活用法

これまでの記事では、中小企業におけるデジタル化・DX推進が、生産性向上人材不足解消といった経営課題にどう繋がり、そして従業員の働き方マインドセットにいかに影響を与えるかについて掘り下げてきました。特に、DXの主役は「人」であり、従業員のウェルビーイング向上や人的資本の強化が、DX成功の鍵を握ることをお伝えしました。

「人の壁」を乗り越え、従業員の協力を得ながらデジタル化を進める上で、健康経営産業保健の領域でのデジタル活用は、非常に具体的かつ従業員の関心も高いテーマとなり得ます。

中小企業産業医保健師の皆様、そして人事部の皆様は、従業員の健康管理、過重労働対策、メンタルヘルスケア、ストレスチェック実施、健康診断後のフォローアップなど、多岐にわたる重要な業務を担っています。これらの業務は、従業員の心身の健康を支え、活き活きと働ける環境を作るために不可欠であり、まさしく健康経営の中核です。

しかし、限られたリソースの中でこれらの業務を遂行するのは容易ではありません。紙での煩雑な管理、連絡調整の非効率データ分析の手間…。こうした課題に対し、デジタルツールは強力な味方となり得ます。

6-1. 産業医・保健師の業務効率化に役立つツール

産業医保健師の先生方は、従業員との面談、健康指導、衛生委員会への参加など、対面や直接的なコミュニケーションに多くの時間を割かれています。そのため、その前後の事務作業や記録管理の負担をいかに減らすかが、より質の高い産業保健活動を行う上で重要になります。

ここでデジタルツールが役立ちます。

  • 面談・健康相談の予約システム: 従業員がオンライン上で面談可能な日時を確認し、自分で予約できるシステムを導入することで、電話やメールでの煩雑なやり取りを削減できます。産業医保健師の先生方のスケジュール調整効率も向上します。
  • 面談記録・健康管理情報のデジタル化:** 面談内容や健康指導の記録を、セキュリティが確保されたシステム上でデジタル管理します。これにより、過去の記録検索が容易になり、継続的なフォローアップがスムーズになります。個人情報保護に十分配慮されたシステム選定が重要です。
  • 情報共有・連携ツール: 人事部や管理職と、従業員の同意に基づいた範囲で必要な健康情報を共有する際のコミュニケーションツール(例: セキュアなビジネスチャットや共有プラットフォーム)を活用することで、連携ミスを防ぎ、迅速な対応が可能になります。
  • タスク・フォローアップ管理ツール: 面談後のフォローアップが必要な従業員や、次に何をすべきかをデジタルツールで管理することで、抜け漏れを防ぎ、計画的に業務を進められます。

これらのデジタル活用により、産業医保健師の先生方は、事務作業にかける時間を減らし、より多くの時間を従業員とのコミュニケーションや、企業の健康課題の分析、具体的な施策の立案といった、本来注力すべき専門性の高い業務に充てることができるようになります。これは産業保健活動全体の生産性向上に繋がります。

6-2. 従業員のウェルビーイング向上に繋がるデジタルヘルステック

近年、「デジタルヘルステック」と呼ばれる、従業員自身の健康行動をサポートするデジタルサービスが多様化しています。企業がこれらのサービスを導入・提供することで、従業員のウェルビーイング向上を直接的に支援し、健康経営をより一層推進できます。

  • メンタルヘルスケアアプリ・オンライン相談サービス: ストレス軽減のための瞑想・呼吸法アプリ、睡眠改善サポート、専門家へのオンラインカウンセリングサービスなどがあります。従業員は場所や時間を問わず、手軽にメンタルケアに関する情報にアクセスしたり、相談したりできるようになります。これは、メンタルヘルス不調の予防や早期発見、そして「誰にも相談できない」という孤立感の解消に役立ちます。特に中小企業では専門産業医保健師のリソースが限られる場合も多く、外部のデジタルサービスの活用は有効な選択肢となります。
  • 運動・生活習慣改善サポートアプリ: 歩数や運動量の記録、食事管理、健康に関する情報提供、社内ウォーキングイベントの実施などをサポートするアプリです。従業員同士でゆるやかに健康習慣を共有・促進したり、ゲーム感覚で楽しみながら健康づくりに取り組めたりすることで、運動不足解消や生活習慣病予防に繋がります。
  • オンラインフィットネス・ヨガクラス: 自宅やオフィスで気軽に参加できるオンラインでの運動プログラム提供は、従業員の運動機会を増やし、リフレッシュやストレス解消を促します。

これらのデジタルヘルステックは、従業員が自身の健康に関心を持ち、主体的に行動するきっかけを提供します。企業がこうしたサポートを提供しているという事実は、従業員のエンゲージメントウェルビーイング向上に繋がり、「この会社は自分たちの健康を大切にしてくれている」という信頼感の醸成にも寄与します。これは、人的資本としての従業員価値を高める上で重要な投資です。

6-3. ストレスチェックや健診データの管理・分析をデジタル化するメリット

健康経営を推進し、従業員の健康課題を正確に把握するためには、ストレスチェック結果や健康診断データといった健康情報の適切な管理とデータ分析が不可欠です。しかし、これらのデータは非常に機密性が高く、個人情報保護に最大限配慮しながら取り扱う必要があります。アナログな管理や手作業での集計・分析は、多大なコストリスクを伴います。

ここで、セキュリティが強固なデジタルシステムが真価を発揮します。

  • ストレスチェックシステムの導入: 多くの中小企業で、ストレスチェックの実施、集計、集団分析オンラインで完結できるシステムが導入されています(MHLWの指針に基づいた様々なサービスが存在します)。これにより、実施コスト効率が大幅に改善されるだけでなく、集団分析結果をデータとして取得しやすくなります。集団分析結果から、特定の部署やチームで高いストレス傾向が見られるといった課題を早期に発見し、産業保健スタッフや人事部が連携して必要な対策(例: 職場環境改善、管理職研修)を講じることが可能になります。
  • 健診データ管理システムの活用: 従業員の健康診断データデジタルで一元管理し、経年変化や有所見者の推移を把握できるシステムです。これにより、紙での管理に比べてデータ検索や取り出しが容易になり、保健師による特定保健指導や再検査推奨といったフォローアップ対象者の抽出がスムーズになります。データ分析によって、会社全体の健康課題(例: 生活習慣病リスクが高い従業員の割合)を把握し、健康経営の目標設定や施策立案の根拠とすることができます。
  • データの統合と分析: さらに進んだデジタル活用として、ストレスチェックデータ健診データ勤怠データ(例: 長時間労働者)などを同意に基づき統合的に分析することで、より多角的な視点から従業員の健康状態や職場の課題を把握する取り組みも行われています。これにより、「長時間労働が多い部署でストレス度も高い傾向にある」といった具体的な関連性を見出し、根本的な対策に繋げることが期待できます。

これらの健康データデジタル管理分析は、産業保健スタッフの業務効率化に繋がるだけでなく、健康経営の実効性を高める上で極めて重要です。データに基づいた健康経営は、感覚ではなく客観的な事実に基づいて課題を特定し、施策の効果を測定することを可能にします。これは、限られたリソースの中で最大の健康効果を得るための戦略的アプローチです。ただし、繰り返しになりますが、これらの健康情報は最も機密性が高い個人情報です。システム選定にあたっては、厳重なセキュリティ対策と個人情報保護への配慮が最も優先されるべき事項です。MHLWのガイドラインなども参考に、慎重に進める必要があります。


ここまで、健康経営産業保健の領域におけるデジタル活用法について、産業医保健師の業務効率化、従業員のウェルビーイング向上、健康データ管理分析といった側面から具体的に解説しました。デジタルツールは、これらの重要な活動を強力にサポートし、従業員の心身の健康を守り、企業の人的資本を強化するための不可欠な要素となりつつあります。

中小企業でも、比較的手軽に導入できるストレスチェックシステムやクラウド健康管理システム、デジタルヘルステックサービスなどが提供されています。まずは、貴社の健康課題産業保健課題に合った「スモールスタート」から検討してみてはいかがでしょうか。

次回の記事では、中小企業DX推進をさらに加速させるために知っておきたい、注目のデジタル技術、特に「生成AI」の活用可能性について掘り下げていきます。生成AIが、日々の業務や人事総務の業務、そして産業保健の分野でどのように役立つのか、具体的なイメージを持っていただけるよう解説します。ぜひ、続けてお読みください。