02-6. 人が主役のDX推進:従業員の「抵抗」を「協力」に変えるには

前回の記事では、中小企業明日から実践できる具体的なデジタル化ステップとして、経費精算や勤怠管理といった人事労務業務デジタル化、そしてコミュニケーションツールの活用例をご紹介しました。これらのツール導入は、間違いなく業務の効率化働き方改革の推進に役立ちます。

しかし、どんなに優れた、中小企業向けに最適化されたツールを選んだとしても、それを使う「人」、つまり従業員一人ひとりが新しいツールを受け入れ、活用しようという気持ちにならなければ、デジタル化DXは絵に描いた餅で終わってしまいます。

DX推進は、単なる技術導入プロジェクトではありません。それは、働く「人」の意識と行動を変革し、組織文化を変えていくプロジェクトです。DXの真の主役は、テクノロジーではなく、まさしく「人」なのです。

多くの中小企業DXが進まない、あるいは導入したツールが定着しない原因の一つに、この「人の壁」、すなわち従業員の変化への抵抗があります。「今のやり方で問題ない」「新しいことを覚えるのは大変」「デジタル化が進むと自分の仕事がなくなるのでは?」…こうした声は、現場の自然な反応として起こり得ます。

では、どうすれば、この抵抗を乗り越え、従業員をDX推進の「協力者」「主役」へと変えていくことができるのでしょうか? ここでは、デジタルマインドの醸成、効果的なコミュニケーション、そして人材育成という3つの側面から、具体的なアプローチを考えます。

5-1. DX推進に必要な「デジタルマインド」の醸成

DX推進における「デジタルマインド」とは、従業員一人ひとりがデジタル技術に対して苦手意識を持つのではなく、「使ってみよう」「学ぶのは面白そうだ」「これは何に使えるのだろう?」といった、前向きで好奇心旺盛な姿勢を持つことを指します。高度なITスキルを持つことではありません。日々の業務や情報収集にデジタルツールを自然に取り入れ、変化を前向きに捉える「マインドセット」のことです。

このデジタルマインドを醸成するには、まず経営層が率先してデジタルツールを活用し、その重要性を言葉だけでなく行動で示すことが不可欠です。「経営層はアナログなのに、現場だけデジタル化しろと言われる」という状況では、従業員の納得感は得られません。

また、成功事例や便利な使い方を共有する機会を設けたり、デジタルツールの利用を推奨する雰囲気を作ったりすることも重要です。前回の記事で紹介したような「小さく始めて効果を出す」成功体験は、「デジタル化は自分たちの仕事を楽にしてくれる」という実感を伴い、デジタルマインドを育む上で非常に有効です。

人的資本経営の観点からも、このデジタルマインドは重要な要素です。デジタル環境で主体的に学び、変化に適応できる従業員は、企業の人的資本価値そのものを高めます。単なるツール操作スキルの習得に留まらず、デジタル時代における新しい働き方や価値創造への関心を高める働きかけが必要です。

5-2. 従業員を巻き込むコミュニケーション設計と人材育成

変化への抵抗を「協力」に変えるためには、周到なコミュニケーション設計と、従業員のスキルアップを支援する人材育成プログラムが不可欠です。

コミュニケーション設計

  • 「なぜDXが必要なのか」を丁寧に伝える: 一方的な通達ではなく、DXがなぜ会社の経営課題解決に繋がり、従業員一人ひとりの働き方にどう良い影響を与えるのか(効率化残業削減、新しい働き方キャリアアップの機会など)を、繰り返し、分かりやすい言葉で伝える必要があります。会社が目指すビジョンの中に、従業員自身のメリットが明確に位置づけられていることを示すことが重要です。
  • 不安や疑問に寄り添う: 新しいツールやプロセスへの不安、自分の仕事がなくなることへの懸念など、従業員が抱えるであろう率直な気持ちを受け止め、丁寧に答える姿勢が不可欠です。一方的に「やれ」ではなく、「一緒に課題を解決していこう」というスタンスを示すことが、信頼関係を築き、協力を引き出します。質疑応答の機会を設けたり、個別相談に応じたりすることも有効です。
  • 成功事例や改善点を共有する: スモールスタートで得られた効率化効果や「こんなに便利になった」といった現場の声は、他の従業員にとって最も説得力のある情報です。逆に、うまくいかなかった点や改善要望も吸い上げ、計画やツール選定に反映させることで、従業員は「自分たちの声が聞かれている」と感じ、参画意識が高まります。

人材育成

  • 体系的な研修プログラムの提供: 導入するデジタルツールの使い方だけでなく、それが業務プロセス全体のどこに位置づけられ、なぜその操作が必要なのか、といった背景も含めて理解できる研修が必要です。操作マニュアルだけでなく、動画チュートリアルやオンライン学習リソース、集合研修、必要に応じた個別サポートなど、様々な形式で学べる機会を提供します。
  • リスキリング・アップスキリングへの投資: デジタル化DXによって不要になる業務がある一方で、新しいデジタルスキルやデータ活用スキル、コミュニケーションスキルなどが必要になります。企業は、従業員が新しいスキルを習得し、デジタル時代でも活躍し続けられるよう、リスキリングアップスキリングの機会を提供する人材育成戦略を立てる必要があります。これは、従業員のキャリア形成を支援し、エンゲージメントを高める人的資本経営の重要な施策です。
  • 「デジタルチャンピオン」の育成・活用: 社内でデジタルツールに詳しい従業員や、新しいもの好きで積極的に学ぶ意欲のある従業員を「デジタルチャンピオン」として育成し、他の従業員へのサポート役や、ツール活用の推進役を担ってもらうことも有効です。現場に近いデジタルチャンピオンの存在は、従業員にとっての相談相手となり、ツールの定着を助けます。

SHRM(米国人材マネジメント協会)も、組織変革におけるコミュニケーション人材育成の重要性を常に強調しており、国内外の成功事例を見ても、この2つに力を入れている企業は、DX推進がスムーズに進む傾向にあります。日本の人事部やHR Proといったメディアでも、中小企業における従業員へのデジタル研修や、組織全体のデジタルリテラシー向上の取り組みがトレンドとして報じられています。

5-3. 働き方改革とも連携!柔軟な働き方を支えるデジタル環境整備

従業員のデジタルへの前向きな姿勢を引き出す上で、デジタル化働き方改革と連携し、従業員自身のメリットに繋がることを示すのは非常に効果的です。

デジタルツールの導入は、リモートワーク、フレックスタイム、時短勤務といった、多様で柔軟な働き方を物理的・時間的に可能にします。前回の記事で紹介したクラウドストレージやビジネスチャットWeb会議ツールなどは、場所や時間にとらわれないコミュニケーションや共同作業を支える基盤となります。また、クラウド勤怠管理システムは、多様な働き方における正確な労働時間把握と管理を可能にし、働き方改革関連法への対応も容易にします。

従業員は、「デジタル化は、会社のためだけでなく、自分たちのライフワークバランスウェルビーイング向上にも繋がる」と実感することで、デジタルへの抵抗感が薄れ、積極的に活用しようという意欲が高まります。

さらに、デジタル環境整備は、産業保健スタッフの業務効率化や、従業員の健康管理にも繋がります。例えば、オンラインでの健康相談、ストレスチェックデジタル化、健康情報のデータ管理などは、産業保健スタッフの負担を減らし、従業員が健康に関する情報やサポートにアクセスしやすくすることで、健康経営の推進に貢献します。デジタル環境の充実は、従業員のウェルビーイングを多角的にサポートする基盤となるのです。


ここまで、DX推進において最も重要な「人」に焦点を当て、従業員の抵抗を「協力」に変えるための「デジタルマインドの醸成」「コミュニケーション人材育成」「働き方改革との連携」というアプローチについて解説しました。

中小企業DXを成功させるためには、経営層がDXの意義を明確に伝え、人事部が中心となって従業員の不安に寄り添い、学ぶ機会を提供し、そしてデジタルツールが働き方をより良く変えることを実感してもらうことが不可欠です。人的資本を活かし、従業員と共に進めるDXこそが、中小企業の持続的な成長を支える力となります。

次回の記事では、この「人」と「デジタル」の連携をさらに深掘りし、健康経営産業保健の領域でデジタルツールがどのように活用されているか、具体的な事例やヒントをご紹介します。従業員の心身のウェルビーイング向上にデジタルがどう役立つのか、産業医保健師の方々にも役立つ情報をお届けしますので、ぜひ、続けてお読みください。