03-1. 中小企業が直面する事業承継・後継者不足の現実

多くの中小企業の経営者の皆様、そして会社の未来を支える人事担当者の皆様。日々の経営、人材採用、働き方改革、そして従業員の健康経営推進…様々な課題に奔走されていることと思います。その中でも、「事業承継」と、それに伴う「後継者不足」というテーマは、頭の片隅に、あるいは喫緊の課題として、重くのしかかっているのではないでしょうか。

これは、決して他人事ではありません。今、日本中で、多くの中小企業が、この後継者不在という見えない壁に直面しています。貴社の未来を確かなものとするためには、この事業承継問題から目を背けるわけにはいきません。まずは、その厳しい現実を直視することから始めましょう。

1-1. なぜ今、中小企業で後継者不足がこれほど深刻なのか?(データと背景)

なぜ、これほどまでに後継者不足が叫ばれているのでしょうか?経済産業省などのレポートを見ても明らかなように、経営者の高齢化が進む一方で、後継者が見つからない、あるいは育成が間に合わない中小企業が増加の一途を辿っています。平均引退年齢が近づく経営者が多いにも関わらず、約半数の中小企業で後継者が決まっていないという調査結果もあります。

かつてのように親族が当然のように後を継ぐ時代は終わりを迎えました。子どもたちが都市部へ移住したり、多様な価値観を持つようになったりしたことで、家業を継ぐという選択肢が一般的ではなくなっています。

では、親族以外への承継はどうかというと、これも容易ではありません。社内の従業員への承継(従業員承継)や、外部からプロ経営者を招聘したり、M&Aによって事業を譲渡したりする方法もあります。しかし、社内に人材育成の仕組みが確立されておらず、次世代リーダー候補が育っていない、あるいはそもそも候補自体が見当たらない、という構造的な問題が多くの企業で起きています。これは、本質的には人事の課題とも深く関わっています。

さらに、外部からの招聘やM&Aといった選択肢も、大手企業に比べて資金力やブランド力で劣る中小企業にとってはハードルが高いのが現状です。優れた人材は引く手あまたであり、中小企業が魅力的な選択肢となるためには、企業文化や働き方を含めた総合的な魅力が必要です。

日々の業務に忙殺され、「事業承継計画」の策定や、それに向けた「人材育成」が後回しになっているケースも少なくありません。多くの中小企業****社長が、プレイヤーとしての現場業務や、差し迫った課題対応に時間を取られ、10年、20年先の自社の「」について、戦略的に考える時間が持てていないのです。これは、一朝一夕には解決できない、根深い問題なのです。

このような背景から、後継者不足は単なる個々の企業の事業承継問題に留まらず、日本経済全体の活力を削ぎかねない、待ったなしの社会課題となっています。あなたの会社も、まさにこの大きな波の中にいるのかもしれません。

1-2. 後継者不在が企業にもたらす深刻なリスク(事業停止、従業員の不安、取引先への影響)

では、もし後継者不在のまま、時間だけが過ぎてしまったら、貴社に何が起こるのでしょうか?そのリスクは、想像以上に深刻です。

最も回避したいシナリオは、事業停止、すなわち廃業です。社長が病気や高齢で経営を続けられなくなったとき、引き継ぐ「人」がいなければ、どんなに素晴らしい技術や製品、顧客基盤があっても、会社という「器」は機能を停止してしまいます。これは、社長やそのご家族にとってはもちろん、長年かけて築き上げてきた事業、会社の歴史が途絶えることを意味します。

そして、この事業停止は、そこで働く従業員にとっては、突然の失業という形で人生設計を狂わせる大問題です。特に、中小企業では従業員一人ひとりの会社への帰属意識や、社長個人への信頼が強い場合が多く、経営の不安定化や後継者不在の噂は、従業員にとって非常に大きな不安要素となります。優秀な人材から先に流出してしまう「人」に関する二次的なリスクも生じかねません。人事部としては、従業員の雇用と、彼らが安心して働ける環境を守るためにも、事業承継は避けて通れない課題です。

さらに、取引先からの信用失墜も大きなリスクです。事業承継の見通しが立たない企業との継続的な取引は、取引先にとってのリスクとなるため、契約の見直しや打ち切りを検討される可能性も出てきます。地域社会における雇用の担い手、サプライチェーンの一角としての役割も失われることになり、地域経済への悪影響も無視できません。

このように、後継者不足は、単に次期社長が見つからないという表層的な問題ではなく、企業の存在意義、従業員の生活、そして取引先や地域社会との関係性までをも脅かす、極めて深刻なリスクなのです。経営者はもちろん、人事部としても、このリスクを他人事として見過ごすことはできません。未来を繋ぐためには、積極的なアクションが必要です。

1-3. あなたの会社は大丈夫?後継者不足の「予兆」をチェックリストで確認

もしかすると、貴社ではまだ後継者不足は顕在化していない、あるいは「うちにはまだ時間がある」と思われているかもしれません。しかし、多くの場合、問題は水面下で静かに進行しています。手遅れになる前に、貴社に潜む後継者不在の「予兆」に気づくことが重要です。以下の項目に、一つでも心当たりはないでしょうか?

  • 現経営者の年齢: 社長の年齢が60歳を超えている、あるいは70歳が近づいているが、具体的な事業承継の話し合いが始まっていない。
  • 健康状態への懸念:社長が健康状態に不安を抱えている、あるいは近年大きな病気を経験したが、万が一の場合の準備が進んでいない。(これは健康経営の視点からも重要です)
  • 後継者候補の不在: 社内に「この人に将来会社を任せたい」と思える具体的な人材がいない、あるいは複数いるが、誰に任せるべきか決めきれていない。
  • 権限の集中: 特定の社員(役員やベテラン社員)に業務や意思決定権限が極度に集中しており、その人が抜けると会社の機能が立ち行かなくなる可能性がある。
  • 人材育成の仕組み: 次世代リーダーや幹部候補を計画的に育成するための、体系的なプログラムや人事評価制度が存在しない。OJTは行われているが、属人的で標準化されていない。
  • 中堅・若手層の状況: 若手や中堅層の離職率が高い、あるいは特定の部署や役職への定着率が低い。将来を担うべき人材が不足している、あるいは育っても辞めてしまう状況がある。働き方改革が進んでおらず、魅力的なキャリアパスが描けないことも一因かもしれません。
  • キャリアパスの不明確さ: 社員が自分の将来のキャリアを会社の中でどのように築いていけるのか、具体的なイメージが持てないでいる。タレントマネジメントの視点が欠けている。
  • 事業承継の話題へのタブー視: 事業承継について、社長と幹部、あるいは人事部との間で、真剣に話し合ったことが一度もない、あるいは話し合おうとしても避けられてしまう。
  • 「自分でやった方が早い」思考:社長が、社員に仕事を任せるよりも自分でやった方が早いと考えがちで、権限委譲が進まない。これにより、後継者候補が育つ機会を奪っている。
  • 漠然とした不安: 社長自身が、会社の将来について漠然とした不安を感じているが、具体的に何から手をつければ良いか分からない。

もし、上記のチェックリストで一つでも心当たりがあるなら、貴社でも後継者不足リスクは既に潜んでいます。これは、単に次期社長を見つけるだけでなく、将来にわたって企業を支える「人財プール」が不足している、という人事課題の明確な予兆かもしれません。

課題解決の鍵は「人」にある

今回の記事では、中小企業にとっての事業承継後継者不足が、いかに深刻化しており、後継者不在がどれほどのリスクをもたらすか、そして貴社に潜む「予兆」について見てきました。この厳しい現実を前に、あなたは「やはり難しい問題だ…」と感じているかもしれません。しかし、ご安心ください。この難題に立ち向かい、乗り越える道は必ず存在します。

重要なのは、この事業承継というプロセスを、単なる法的な手続きや財務的な問題として捉えるのではなく、企業の未来を創るための戦略的な「人」への投資、つまり人的資本経営に基づいた「人事戦略」として捉え直すことです。後継者不足の根本原因が「人」にあるならば、その解決策もまた「人」の中に、そして「人事の仕組み」の中に見出すことができます。

次回の記事では、この後継者不足という「人」の問題に対し、具体的にどのような人材育成人事の仕組みづくりが必要なのか、そして、健康経営働き方改革といった、未来志向の人事テーマがどう繋がってくるのかを深掘りしていきます。米国や日本国内のベストプラクティスも参照しながら、貴社が事業承継を成功させ、持続的な成長を遂げるための具体的な実践的ヒントを提供します。

社長人事部の皆様、貴社の未来を確かなものとするための第一歩は、「」という視点から事業承継問題を捉え直すことです。次の記事で、具体的なアクションへの糸口を共に探りましょう。どうぞご期待ください。