PR

04-7. 【実践】中小企業の社長、人事、産業医・保健師が明日から取り組むべきこと

スポンサーリンク

これまでのセクションを通じて、私たちは「物価高原材料高」という困難な経済状況が、中小企業の経営、そしてそこで働く「人」と「組織」に深く影響を及ぼしている現実を確認しました(セクション1)。そして、この危機を乗り越え、さらに未来を創るためには、「人的資本経営」という視点に立ち、健康経営働き方改革、そして戦略的な採用定着人件費管理といった「人への投資」を戦略的に進めることが不可欠であることを論じてきました(セクション2~5)。

素晴らしい戦略も、実行されなければ絵に描いた餅です。特にリソースが限られている中小企業においては、「どうすれば、これらの戦略を日々の業務の中で実践できるのか?」という問いが最も重要でしょう。頭では理解できても、最初の一歩を踏み出すのが難しいと感じていらっしゃる方もいるかもしれません。

このセクションでは、これまでの議論を踏まえ、中小企業の経営を担う社長人事部門のリーダー(人事部長人事マネージャー)、そして従業員の健康を支える産業医保健師の皆様が、「明日から」一歩を踏み出すための、具体的なステップと、実践におけるポイントを提示します。この実践が、物価高という逆境を乗り越え、貴社の人的資本を真の競争力へと昇華させるための確かな一歩となるはずです。

6-1. 社長・人事部長がリードすべきこと

中小企業における人事戦略実践は、経営トップ、特に社長人事部長の強いリーダーシップなくしては始まりません。戦略の方向性を示し、組織全体を巻き込む役割を担います。このリーダーシップは、単に指示を出すことではなく、率先して行動し、従業員の不安に寄り添い、対話を重ねることによって発揮されます。

  • 戦略の「なぜ」を明確に伝え、共通認識を作る: なぜ今、健康経営や柔軟な働き方、あるいは生成AI活用といった「人」に関わる戦略が必要なのか? それは、物価高がもたらす具体的な経営リスク(例:従業員の健康問題による離職・生産性低下、硬直的な働き方による非効率、賃上げ困難による人材流出)から会社を守り、さらに生産性を向上させて利益を確保し、従業員の働く魅力を高めるためである、という理由を、全従業員に分かりやすい言葉で、繰り返し伝えます。これは、人事部門だけの取り組みではなく、物価高という外部環境の変化に対応するための全社的なプロジェクトであることを浸透させるためです。
  • 優先順位を決定し、集中的にリソースを配分する: 中小企業はリソース(時間、予算、人員)に限りがあります。セクション2で述べた「人的資本経営のキーポイント」全てに一度に取り組むことは現実的ではありません。自社の現在の最大の課題は何か(例:従業員のストレス度が高い、特定の部署の残業時間が恒常的に多い、若手社員の定着率が極めて低い、特定業務の非効率性が目立つなど)を特定し、そこに対して最も効果が見込めそうな領域(例:健康経営メンタルヘルス対策強化、特定の部署での働き方改革試行、生成AIによる定型業務自動化の検証など)からスモールスタートで着手する優先順位を決めます。そして、その取り組みに対して、たとえ小さくとも、必要な時間、予算、担当者を明確に配分します。社長人事部長が「ここから着手する」と決めることが、組織を動かす第一歩です。
  • 「人への投資」をコストではなく未来への戦略的経費と位置づける文化を作る: 経営会議や部門会議でコスト削減が議論される際に、安易に人に関わる経費(研修費、福利厚生費、採用費など)を削減対象としない姿勢を示します。むしろ、「この研修は従業員のどのようなスキルを高め、将来的にどのような生産性向上や新しい事業に繋がるのか」「この健康経営施策は、従業員の健康を守り、将来的な医療費増や欠勤リスクをどの程度抑制できる可能性があるのか」といった、人への投資が将来的にどのようなリターンを生むのかという視点を意識的に議論に組み込みます。
  • 部門間の連携と協力を強く奨励・推進する: 人事戦略実践は、人事部門だけで完結しません。健康経営には総務部門、現場の管理者、そして産業医保健師との連携が不可欠です。働き方改革生成AI活用には、現場の従業員、IT担当者、管理職の協力が必要です。採用定着には、配属先の現場の受け入れ態勢や、OJT担当者を含む育成担当者の協力が欠かせません。部門間の壁をなくし、共通認識を持って目標達成に取り組めるよう、定期的な情報共有会、合同プロジェクトチームの発足、あるいは経営層からのメッセージ発信などを通じて、組織全体の協力体制を築きます。
  • 自らが模範となり、リスクを取ることを恐れない: 働き方改革を推進するなら、社長自身が率先してリモートワークやフレックスタイムを活用したり、早帰り日を設けたりします。健康経営を推進するなら、自らの健康診断の重要性を語ったり、ストレスチェックへの協力を呼びかけたりします。新しいツール生成AIなど)の活用を推奨するなら、自らも試しに使ってみる姿勢を見せます。リーダーの行動は、従業員にとって最も分かりやすいメッセージであり、組織文化に大きな影響を与えます。新しい取り組みには常にリスクが伴いますが、小さな失敗から学び、改善を重ねていく姿勢が、物価高という変化の時代を生き抜く中小企業には不可欠です。

中小企業社長人事部長の皆様は、まさにこの物価高という逆境を、自社の人的資本を強化し、組織を次のステージへと進化させるための変革のリーダーとなることが求められています。

6-2. 産業医・保健師と連携した健康経営の実践体制

セクション3でその重要性を確認した健康経営を、中小企業で絵空事で終わらせず、着実に実践していくためには、人事部門と、現場の健康を専門的にサポートする産業医保健師(嘱託契約の場合も含む)との密な連携が不可欠です。彼らは、従業員の心身の健康に関する専門知識を持ち、客観的な視点から職場環境のアドバイスを行える、中小企業にとって非常に貴重な存在です。

  • 情報共有の定例化と仕組み作り: ストレスチェックの集団分析結果、健康診断の事後措置状況、長時間労働者の状況、職場巡視で産業医/保健師が気づいた点など、従業員の健康に関する情報を、人事部門と産業医/保健師が定期的に共有する場(月に一度の定例会など)を設けます。これにより、組織や個人の健康課題の早期発見と、人事施策(例:特定の部署への改善指導、研修実施)への迅速な反映が可能になります。個人情報の取り扱いには十分な配慮が必要です。
  • 産業医・保健師の専門性を経営・人事戦略に積極的に活かす: 彼らを単に健康診断の事後措置や病欠者の対応窓口としてだけでなく、より戦略的にその専門性を活用します。例えば、ストレスチェック結果に基づくメンタルヘルス研修の企画・実施に関するアドバイス、職場環境改善(例:VDT作業による負担軽減策、暑さ対策など)への具体的な提言、ハラスメント防止研修への関与、さらには物価高下の従業員アンケート結果などを踏まえた健康サポート施策の提案依頼などが考えられます。中小企業においては、産業医保健師が経営層や人事部長と直接対話する機会を持つことが、健康経営を経営戦略として位置づける上で非常に重要です。
  • 従業員への相談窓口の周知とアクセス容易化: 産業医/保健師がどのような相談に乗れるのか(健康問題、メンタルヘルス、ハラスメントなど)、いつ、どのように連絡を取れば良いのかを、社内掲示、メール、社内報、オリエンテーションなどで繰り返し分かりやすく周知します。プライバシーが守られる環境で、従業員が気軽に専門家に相談できる雰囲気づくりが、健康問題の早期発見・早期対応に繋がり、生産性低下や休職といったリスクの回避に貢献します。
  • 部署を跨いでの連携推進: 健康経営実践には、現場の協力が不可欠です。人事産業医/保健師が連携して、各部署の管理職やリーダーに対し、健康管理の重要性や、部下の健康状態に配慮した働き方の推進(例:過重労働の防止、有給休暇取得の推奨)について情報提供や協力を依頼します。必要に応じて、現場の管理職と産業医/保健師が直接対話する機会を設けることも有効です。

中小企業においても、嘱託契約の産業医保健師の方々が健康経営の推進に貢献できる領域は多岐にわたります。限られた時間の中で最大限の効果を出すためには、人事側で事前に情報を整理し、具体的な相談事項を準備しておくなどの工夫も有効です。日本の「健康経営優良法人認定制度」は、こうした健康経営の体制整備や実践に向けた、中小企業にとって分かりやすい指標であり、目標設定に役立ちます。例えば、認定を取得したある建設業の中小企業では、産業医との連携を強化し、熱中症対策や腰痛予防のための現場巡視と改善指導を徹底した結果、労働災害が減少したという事例があります。

6-3. スモールスタートで始める働き方改革とAI活用

セクション4でコスト削減生産性向上のテコとして紹介した働き方改革や、可能性に満ちた生成AI活用といった新しい取り組みも、「何から始めれば良いか分からない」「自社には向いていないのではないか」と感じるかもしれません。しかし、これらも中小企業の状況に合わせて、スモールスタートで導入し、物価高対策としてのコスト削減生産性向上効果を少しずつ実感していくことができます。最初から完璧を目指す必要はありません。

  • 働き方改革のスモールスタートの実践例:
    • 「お試し」リモートワーク: まずは、リモートワークに適した業務(例:企画、事務、一部の営業活動など)を担当する従業員に限定して、週に1日だけ、あるいは月に数回のリモートワークを可能にする試行期間を設けます。必要なツール(PC、通信環境、Web会議システム。まずは無料ツールから試すことも可能)の整備も、試行対象者に絞って行います。試行期間中に課題を洗い出し、改善しながら徐々に対象を広げていきます。
    • 会議の効率化ルールの徹底: 全社的に「会議には必ずアジェンダを用意する」「開始・終了時間を厳守する」「会議の最後にネクストアクションと担当者を明確にする」といった基本的なルールを定め、徹底します。これだけでも、無駄な会議が減り、従業員の時間を有効活用できるようになります。
    • 休憩・リフレッシュ施策の導入: 勤務時間中に短い体操やストレッチの時間を設けたり、休憩時間にリラックスできる音楽を流したり、健康的な軽食を提供したり(費用を抑えた社員向けの置き菓子サービスなど)と、従業員が心身をリフレッシュできる機会を増やします。あるサービス業の中小企業では、チャットツールで「休憩しよう!」と呼びかけ合い、短い休憩を推奨したところ、午後の集中力が高まったという報告があります。
    • ペーパーレス化の一歩: 全ての書類をデジタル化するのは大変ですが、例えば「社内稟議は全て電子申請にする」「会議資料は印刷せずデータ共有のみとする」といった、特定の業務やルールからペーパーレス化を始めます。これにより、紙代、印刷代、書類の保管スペースといったコスト削減に繋がります。
  • 生成AI活用のスモールスタートの実践例:
    • 特定の業務での試行: AIに任せてもリスクが比較的少ない、かつ定型的な業務(例:簡単な社内向けお知らせ文書のドラフト作成、外部ニュース記事の要約、基本的なメール返信の下書き、簡単なデータ集計の補助、英訳・和訳の初稿作成)を選び、興味のある数名の従業員に生成AIツール(例:ChatGPT, Google Geminiなど。まずは無料版から試す)を使ってもらいます。
    • 利用ガイドラインの策定と研修: 生成AI利用にあたって、「機密情報や個人情報を入力しない」「生成された情報を鵜呑みにせず、必ずファクトチェックを行う」といった基本的なルールや注意点を明確に定めます。そして、従業員向けに簡単な研修を実施し、ツールの使い方やリスクについて理解を深めてもらいます。
    • 「AI活用アイデアコンテスト」の実施: 従業員から「この業務にAIが使えそう」「AIを使えばもっと効率化できるのでは」といったアイデアを募集し、優秀なアイデアを表彰したり、実際に試行を支援したりすることで、全社のAI活用意識を高めます。あるIT中小企業では、社内アイデアコンテストを通じて、プログラミングコードのレビュー支援やテストデータ生成にAIを活用するというアイデアが生まれ、実際に開発効率が向上しました。
    • AIを「補助ツール」と位置づける: 生成AIは万能ではありませんし、人間の代替としてではなく、人間の業務を「補助」し、「効率化」するためのツールとして位置づけます。従業員はAIを活用してルーチンワークを減らし、より創造性や人間的な判断が求められる業務に時間を充てられるようになります。

これらのスモールスタートは、大きな投資や組織変更を伴いません。しかし、成功体験を積み重ねることで、従業員の意識が変わり、新しい働き方ツールへの抵抗感が減り、徐々に取り組みを拡大していく土壌が耕されます。物価高で厳しい環境だからこそ、こうした小さな改善の積み重ねが、じわりとコスト削減生産性向上に効いてくるのです。重要なのは、完璧を目指すのではなく、まずは一歩踏み出し、試行錯誤しながら自社に最適な方法を見つけていくことです。

まとめ:連携し、行動し、未来を創る

物価高原材料高という前例のない時代を生き抜く中小企業にとって、人事戦略はもはやバックオフィス業務ではありません。経営戦略の中核として、社長人事部、そして産業医保健師を含む全社的な連携のもと、能動的に実践していくべき最重要課題です。

「何から?」と立ち止まるのではなく、まずはセクション6で提示したような「スモールスタート」で、自社の状況や優先順位に合わせた一歩を踏み出してみてください。そして、その過程で生じる課題や気づきを関係者間で共有し、粘り強く改善を続けていくことが、物価高という荒波を乗り越える、そして中小企業人的資本を真の競争力へと昇華させる鍵となります。

次の最後のセクションでは、本シリーズ全体を振り返り、物価高時代における中小企業人事戦略の最終的な意義と、不確実な未来をの力で切り拓いていくための展望について、改めてお伝えします。これは、これまでの学びを貴社の具体的な行動へと繋げるための、最後の後押しとなるはずです。