04-8. 物価高・原材料高を乗り越え、未来を創る人事戦略の力

私たちは、「物価高」「原材料高」という現代の大きな波が、中小企業の経営、そしてそこで働く「人」と「組織」にどのような影響を与えているのか、そしてその困難な状況に対し、いかに「人的資本経営」の視点に立った戦略的な人事戦略で立ち向かうべきかについて、多角的に、そして実践的な視点から掘り下げてきました。

7-1. まとめと、貴社への問いかけ

改めて、本シリーズで議論してきた重要なポイントを簡単に振り返ってみましょう。

まず、私たちは「物価高原材料高」が、単なる財務上のコスト増に留まらず、従業員の生活不安、メンタルヘルスへの影響、士気低下、生産性の損失、優秀な人材の流出リスクといった、中小企業にとって見えにくい、しかし深刻な「隠れたコスト」を発生させている現実を直視しました(セクション1)。

この困難な状況に対し、一時的な「コスト削減」という「守り」だけでは限界があり、むしろ「人」を価値創造の源泉である「資本」として捉え、「人的資本経営」という視点に立った「攻め」の人事戦略こそが、危機の時代を乗り越え、企業を持続的に成長させる鍵であることを強く認識しました(セクション2)。

そして、この「攻め」の人事戦略を構成する具体的な柱として、以下の要素が重要であることを論じました。

  • 従業員の健康とウェルビーイングを守り、生産性低下リスクを防ぐ必須の経営戦略としての健康経営(セクション3)。特に物価高下のストレス対策としてのメンタルヘルスケアの重要性にも触れました。
  • 働く場所、時間、ツールを見直し、コスト効率生産性向上、そして従業員エンゲージメントを両立させるための働き方改革、そしてその推進に不可欠なデジタル化と生成AI活用の可能性(セクション4)。
  • 物価高による賃上げ圧力が高い状況下でも、賃金以外の「働く魅力」(従業員エンゲージメント)を高める施策や、限られたリソースで最大の効果を出すための賢い採用育成戦略(セクション5)。

さらに、これらの戦略を机上の空論で終わらせず、中小企業で確実に実践するための、社長人事部門、そして産業医保健師がそれぞれの役割を果たし、密に連携しながら、無理のないスモールスタートで一歩を踏み出す具体的な方法論についても触れました(セクション6)。

これらの議論は、決して理想論ではなく、物価高という厳しい現実の中で、中小企業が生き残り、そしてさらに強くなるために、今まさに取り組むべき実践的な戦略です。

本シリーズを通して、貴社はどのような気づきを得られたでしょうか? そして、貴社の物価高対策としての人事戦略をどのように見直す必要があると感じたでしょうか?

改めて、貴社に問いかけたいと思います。

貴社にとって、「物価高・原材料高」は、財務諸表の数字だけを見て頭を悩ませる、単なる「コスト」の問題で終わっていますか? それとも、この困難な状況を、「人」という最も重要なレンズを通して、組織の真の課題と可能性を見る機会と捉えられていますか?

「人的資本経営」の視点に立ったとき、限られたリソースの中で、貴社は最も効果的に「人」に投資し、「人的資本」の価値を最大化できる領域はどこですか? そして、そこにリソースを集中させる覚悟はできていますか?

従業員は、物価高による生活の厳しさがある中でも、貴社で働くことに対し、賃金以外のどのような「魅力」や「働く意義」を感じていますか? その魅力を、貴社は意図的に作り出し、高められていますか?

社長として、人事部長として、産業医・保健師として、そして一従業員として、本シリーズで得られた知識やヒントを元に、明日から最初の一歩として具体的に何を実行しますか?

これらの問いへの向き合い方と、そこから生まれる具体的な行動こそが、物価高時代における貴社の人事戦略の方向性を決定づけ、企業の未来を形作っていくでしょう。

7-2. 不確実な時代を生き抜く中小企業のレジリエンスと人事戦略の役割

現代は、物価高だけでなく、技術革新(生成AIの爆発的な進化など)、気候変動、地政学リスク、人口構造の変化など、予測が極めて困難な、VUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity – 変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)と呼ばれる時代です。このような環境下において、企業が生き残り、持続的に成長していくためには、「レジリエンス(Resilience)」、すなわち予期せぬ変化やショックから迅速に立ち直り、しなやかに適応していく力が不可欠です。

そして、この企業のレジリエンスを支える最も強固な基盤こそが、そこに集う「人」であり、その人的資本の質と、それを最大限に引き出す人事戦略の力に他なりません。物価高という逆風は、まさにそのレジリエンスが試される絶好の機会(そして厳しい試練)であり、同時に、私たちに「人の力」の重要性を改めて突きつけています。

心身ともに健康で、変化を恐れずに新しい知識やスキル(生成AIを使いこなす力なども含む)を学び続ける意欲があり、与えられた環境(働き方など)の中で自律的に考え行動し、組織への高いエンゲージメントを持って仲間のために協力できる従業員こそが、不確実な時代を生き抜く企業の最大の武器となります。人的資本経営に基づく人事戦略は、このようなレジリエントな「人」と「組織」を意図的に作り出すための、経営の根幹をなす戦略なのです。

グローバルで見ても、先進的な企業ほど、財務資本だけでなく人的資本の価値を重視し、その投資状況や成果をステークホルダーに対して積極的に開示する動き(人的資本開示)が加速しています。これは、物価高のような経済的圧力やパンデミックのような予期せぬ事態が起きるたびに、「人の力」こそが企業を支える生命線であることを痛感しているからです。

中小企業においても、この本質は変わりません。むしろ、一人ひとりの従業員の存在感が大きい中小企業にとって、人的資本への投資効果はより顕著に現れる可能性があります。規模の大小にかかわらず、「人」を大切にし、その能力と意欲を最大限に引き出す人事戦略を愚直に実践する企業こそが、激しい変化の時代を乗り越え、物価高という波を力に変え、自らの手で未来を創っていく力を手にすることができるのです。それは、単にコスト削減や目先の利益を追うだけでは決して得られない、持続可能で本質的な強さです。

最後に:行動の時

物価高原材料高は、確かに厳しく、先が見通しにくい現実です。しかし、それは同時に、貴社の「人」への向き合い方、「人的資本」への投資のあり方を根本から見直す、またとない機会でもあります。

本シリーズで得られた知識やヒントが、貴社独自の物価高対策としての人事戦略を描き、そしてそれを具体的な行動へと移すための一助となれば幸いです。

「何から?」と立ち止まるのではなく、まずはセクション6で提示したような「スモールスタート」で、自社の状況や優先順位に合わせた小さな一歩、しかし確実な一歩を踏み出してみてください。そして、その過程で生じる課題や気づきを関係者間で共有し、社長人事部産業医保健師、そして現場が連携しながら、粘り強く改善を続けていくことが、物価高という荒波を乗り越える、そして中小企業人的資本を真の競争力へと昇華させる鍵となります。

貴社の未来は、貴社の「人」の力にかかっています。そして、その力を最大限に引き出し、物価高時代を勝ち抜くための戦略が、今、貴社に必要な人事戦略です。

貴社がこの困難な時代を乗り越え、人的資本の力を最大限に発揮して、輝かしい未来を創造されることを心から応援しています。