これまでのセッションで、資金繰りの「見える化」で自社の現状を知ること、そして多様な資金調達の選択肢があることを理解いただけたかと思います。しかし、いざ資金調達に動こうとすると、中小企業ならではの壁にぶつかることも少なくありません。
大企業に比べてリソースが限られている中小企業は、金融機関からの評価を得る難しさ、説得力のある事業計画の策定、そして保証や担保といった課題に直面しがちです。これらの課題を乗り越え、必要な資金を円滑に調達することは、事業を継続・成長させる上で避けては通れません。
このセッションでは、中小企業が資金繰り・資金調達の際に直面しやすい具体的な課題に焦点を当て、それぞれの課題をどのように乗り越えていくか、実践的なヒントをお伝えします。
課題1:金融機関との「信用」を築くコミュニケーション術
資金調達、特に融資において、金融機関との関係は非常に重要です。金融機関は、企業の返済能力や将来性を評価して融資を判断しますが、そこには必ず「信用」という要素が伴います。過去の取引実績はもちろんですが、日頃からのコミュニケーションを通じて築かれる信頼関係が、審査の円滑さや、いざという時の対応力に大きく影響します。
しかし、「金融機関には決算書を渡すだけ」「融資が必要な時だけ相談に行く」といった関係性になっている中小企業も少なくありません。それでは、金融機関側も企業のことを十分に理解できず、適切な評価や提案が難しくなってしまいます。
信頼を築くコミュニケーション術
金融機関との間に「信用」を築き、円滑な資金調達に繋げるためには、以下の点を意識したコミュニケーションを心がけましょう。
- 定期的な情報提供: 決算期に一度だけでなく、月次試算表や資金繰り表(前回のセッションで作成したあの表です!)などを定期的に提出し、自社の経営状況を「見える化」して伝えましょう。良い情報だけでなく、課題やリスクについても隠さずに正直に伝えることで、信頼性は増します。
- 経営課題や将来の展望を共有する: 今、会社がどのような課題に直面していて、将来的にどのような事業展開や投資を考えているのかを具体的に伝えましょう。資金が必要な背景や目的が明確になり、金融機関も融資の必要性や妥当性を判断しやすくなります。
- 融資以外の相談もする: 資金繰りや融資だけでなく、経営改善、販路開拓、事業承継、M&Aなど、経営全般に関する相談をしてみましょう。金融機関は様々な企業の経営を見てきており、有益なアドバイスを得られる可能性があります。これにより、単なる「お金の貸し借り」の関係を超えた、パートナーとしての関係が築けます。
- 複数の金融機関と取引を持つ: 可能であれば、複数の金融機関(メインバンク、サブバンク、信用金庫、政府系金融機関など)と取引を持つことを検討しましょう。それぞれの金融機関で得意とする分野やスタンスが異なるため、自社の状況や目的に合わせて最適な相談先を選ぶことができます。また、互いに競争意識が働くことで、より良い条件を引き出せる可能性もあります。
- 担当者との人間関係: 金融機関の担当者も人間です。日頃から良好なコミュニケーションを心がけ、良好な人間関係を築くことも無駄ではありません。担当者が変わる際には、改めてしっかりと会社の状況や今後の展望を伝える機会を持ちましょう。
特に地域に根差した信用金庫や信用組合などは、中小企業との「リレーションシップバンキング(関係性重視の金融)」を重視する傾向があります。単に財務諸表の数字だけでなく、経営者の人柄や事業への情熱、地域社会との繋がりなども含めて総合的に評価してくれる可能性があります。
課題2:説得力ある「事業計画」が資金調達の成功を左右する
前回のセッションでも少し触れましたが、資金調達を成功させる上で、事業計画書の重要性は計り知れません。特に金融機関からの融資や、補助金・助成金の申請においては、説得力のある事業計画の提示が必須となります。
しかし、「日々の業務で手一杯で、そんな時間をかけて計画書なんて作れない」「どう書けば良いのか分からない」と感じている経営者や担当者も多いかもしれません。単に資金が必要な理由や金額を羅列しただけの計画書では、金融機関や審査員の心を動かすことはできません。
説得力ある事業計画に盛り込むべき要素
説得力のある事業計画とは、会社の「過去・現在・未来」を論理的かつ具体的に示し、なぜ資金が必要で、それをどう活用し、どのように事業を成長させて返済・成功に繋げるのかを明確に伝えるものです。最低限、以下の要素を盛り込むことを検討しましょう。
- エグゼクティブサマリー: 事業計画全体の要約。最も重要な部分なので、簡潔かつ魅力的にまとめます。
- 会社概要・経営理念・ビジョン: 会社の基本情報、なぜこの事業をやっているのか、将来どのような会社を目指すのかを伝えます。
- 事業内容・製品/サービス: 具体的にどのような事業で、どのような製品やサービスを提供しているのか、顧客にどのような価値を提供しているのかを分かりやすく説明します。
- 市場環境分析・競合分析: 自社を取り巻く市場環境(市場規模、トレンドなど)や、競合の状況を分析し、自社の強みや差別化ポイントを明確にします(SWOT分析などのフレームワークを活用するのも有効です)。
- ターゲット顧客・販売戦略: どのような顧客層をターゲットにし、どのように製品やサービスを販売していくのか、具体的な戦略を示します。
- 実施体制・人材計画: 事業を推進するための組織体制や、必要な人材、採用・育成計画などを示します。人事担当者としては、ここで人材戦略と事業戦略が連動していることを具体的に示すことが重要です。優秀な人材の確保・育成が、事業の成功、ひいては資金繰りの改善にどう繋がるのかを論理的に説明しましょう。
- 資金計画(資金使途、必要金額、調達方法): なぜ資金が必要なのか(設備投資、運転資金、研究開発費など)、具体的にいくら必要なのか、そしてどのような方法で調達するのかを明確に示します。
- 数値計画(売上計画、費用計画、損益計画、資金繰り計画): 将来の売上、費用、利益、そして資金の出入り(資金繰り計画!)を具体的な数値で予測します。楽観的すぎず、かといって悲観的すぎない、実現可能性の高い計画を立てることが重要です。複数のシナリオ(ベースケース、ベストケース、ワーストケース)を作成するのも有効です。
- 返済計画・出口戦略: どのように借入金を返済していくのか、あるいは投資家へのリターンをどのように実現するのかを示します。
事業計画策定のポイント
- 具体性: 抽象的な表現ではなく、「いつまでに」「何を」「どのように」行うのかを具体的に記述しましょう。
- 論理性: 各要素が論理的に繋がり、一貫性があることが重要です。「なぜそうなるのか」という根拠を明確に示しましょう。
- 実現可能性: 理想論だけでなく、自社のリソース(ヒト、モノ、金)や市場環境を踏まえた、実現可能な計画であることが求められます。
- 「熱意」を伝える: 書面だけでなく、金融機関や審査員に計画を説明する際には、事業に対する経営者自身の熱意や覚悟をしっかりと伝えましょう。
自社だけで事業計画を策定するのが難しい場合は、顧問税理士や中小企業診断士、あるいは商工会議所などの専門家に相談・サポートを受けることも有効です。外部の視点を入れることで、より客観的で質の高い計画書を作成できる可能性があります。
課題3:保証や担保の問題:どうすればハードルを下げられるか?
中小企業が資金調達でよく直面するもう一つの課題が、融資を受ける際の「保証」や「担保」の提供です。特に経営者が会社の借入に対して個人保証を提供する「経営者保証」は、多くの経営者にとって大きな負担となっています。また、十分な担保となる不動産などの資産がないために、希望する融資額や条件を得られないケースもあります。
保証や担保に過度に依存しない融資へ:事業性評価とは?
近年、金融庁をはじめとする金融当局は、中小企業融資において、これまでの保証や担保といった「形式」だけでなく、企業の持つ技術力、ノウハウ、ブランド力、ビジネスモデル、そして「ヒト」(経営者や従業員)といった「事業の内容や成長可能性」を適切に評価する「事業性評価」を重視するよう金融機関に促しています。
これは、単に過去の決算書や資産状況だけを見て融資を判断するのではなく、企業の将来性を評価し、保証や担保に過度に依存しない融資を増やしていこうという流れです。
中小企業としては、この事業性評価の流れを理解し、自社の持つ「無形資産」や「将来性」を金融機関にしっかりと伝える努力が必要です。
経営者保証ガイドラインとその活用
「経営者保証に関するガイドライン」は、経営者保証に依存しない融資を促進するため、金融機関と経営者の双方にとっての基本的な考え方や対応を示したものです。このガイドラインに沿った手続きや要件を満たすことで、経営者保証を解除したり、保証の範囲を限定したりできる可能性があります。
金融機関と融資の相談をする際には、このガイドラインの存在を踏まえ、「経営者保証を外すことはできないか」「代替となる方法はないか」といった点を積極的に相談してみましょう。
担保となる資産がない場合の代替策
物的担保となる不動産などがなくても、資金調達が全くできないわけではありません。
- 信用保証協会の活用: 繰り返しになりますが、信用保証協会は企業の信用力を補完してくれる制度です。担保が不足する場合でも、信用保証協会の保証を得ることで融資を受けられる可能性が高まります。
- 売掛債権担保融資(A/R担保融資): 将来入金予定の売掛金を担保として融資を受ける方法です。特に売掛金の発生から入金までの期間が長い業種で有効な場合があります。
- 動産担保融資(ABL:Asset Based Lending): 不動産だけでなく、機械設備、在庫、家畜などの動産を担保として融資を受ける方法です。
これらの代替策についても、付き合いのある金融機関や専門家に相談してみる価値はあります。
保証や担保の問題は、多くの経営者が頭を悩ませる部分ですが、事業性評価の広がりや代替策の存在など、以前に比べて選択肢は増えつつあります。重要なのは、自社の状況を正確に伝え、金融機関とオープンに話し合い、どのような方法が可能かを探ることです。
これらの課題を乗り越えるプロセスそのものが、企業の信用力を高め、将来の資金調達をより円滑にするための重要なステップとなります。
次のセッションでは、資金繰り管理をさらに一歩進め、未来を見据えた「攻め」の資金繰り改善戦略について掘り下げていきます。単なる延命策ではない、本質的な経営改善や、多様な資金調達手段の組み合わせ方など、より戦略的な視点をお伝えします。