06-5. 攻めの資金繰り改善!未来を見据えた戦略的アプローチ

これまでのセッションでは、資金繰りの現状把握から、多様な資金調達手段、そして資金調達における課題とその乗り越え方について考えてきました。「資金繰り」と聞くと、どうしても「資金が足りない時にどうするか」「借入の返済に追われる」といった、いわば「守り」や「延命」のイメージが強いかもしれません。

しかし、資金繰りは本来、企業の成長を加速させ、未来を創造するための強力な「攻め」のツールとなり得ます。必要な時に必要な資金を確保し、それを効果的に活用することで、新しい事業にチャレンジしたり、設備投資で生産性を向上させたり、優秀な人材を確保・育成したりといった、未来への積極的な投資が可能になるのです。

このセッションでは、単なる「守り」ではない、「攻め」の資金繰りとは何か、そしてそれを実現するための戦略的アプローチについて掘り下げていきます。

リスケジュールだけじゃない!本質的な経営改善で資金繰りを強くする

資金繰りが厳しくなった際に、まず検討される対策の一つに「リスケジュール(返済条件の変更)」があります。これは、金融機関に相談して借入金の元本返済を一時的に猶予してもらったり、返済期間を長くしてもらったりすることで、毎月の返済負担を軽減し、資金繰りを楽にするための有効な手段です。

もちろん、リスケジュールは資金繰りがひっ迫した状況を乗り切るための重要な選択肢であり、必要な場合にはためらわずに検討すべきです。しかし、これはあくまで一時的な「時間稼ぎ」であり、会社の根本的な収益力や資金体質が改善されなければ、いずれ再び資金繰りに行き詰まってしまう可能性があります。

「攻め」の資金繰りを目指すためには、リスケジュールのような対症療法だけでなく、会社の体質そのものを強くする「本質的な経営改善」に取り組むことが不可欠です。経営改善によって会社の稼ぐ力が向上すれば、内部で生み出す資金が増え、資金繰りは自然と安定します。これが、外部からの資金調達だけに頼らない、最も盤石な資金繰りと言えます。

資金繰りを改善するための本質的な経営改善策

本質的な経営改善は多岐にわたりますが、資金繰りの観点から特に重要なポイントは以下の通りです。

  • 売上増加策の実行: 新規顧客の獲得、既存顧客との取引拡大、新商品・サービス開発、海外市場への展開など、売上そのものを増やす取り組みは、資金の入り口を広げる最も直接的な方法です。市場ニーズを的確に捉え、自社の強みを活かした戦略を実行することが重要です。
  • コスト削減策の徹底: 仕入れ価格の見直し、間接部門の経費削減、エネルギーコストの効率化など、支出を減らすことも資金繰り改善に直結します。ただし、単なる削減ではなく、業務プロセスの見直しやテクノロジー活用(例えばRPAや生成AIによる自動化)による効率化で、生産性を落とさずにコストを下げる視点が重要です。
  • 運転資金の圧縮: 運転資金とは、事業を継続するために必要な資金(売掛金、棚卸資産、買掛金など)のことです。
    • 売掛金の回収促進: 支払いサイトの短縮交渉、入金管理の徹底により、早く現金を回収できるようにします。
    • 棚卸資産(在庫)の削減: 過剰な在庫は資金を固定化させます。適切な在庫管理を行い、無駄な仕入れを減らしましょう。
    • 買掛金の支払いサイト見直し: 可能であれば、支払いサイトを長く交渉することで、手元資金を長く残せます。 運転資金の圧縮は、会社の内部から資金を生み出す効果があり、資金繰り改善に大きく貢献します。
  • 固定費の見直しと最適化: 人件費や家賃など、売上の増減に関わらず発生する固定費は、資金繰りを圧迫しやすい要因です。
    • 人件費: 単純な削減ではなく、個々の従業員の生産性向上、適切な人員配置、そして「働きがい」を高めることで離職率を下げ、採用・研修コストを抑えるといった、人的資本経営の視点からの効率化が重要です。単に人数を減らすだけでは、かえって事業の継続が難しくなることもあります。
    • 家賃: オフィスの縮小や移転、リモートワークの推進などにより、家賃負担を軽減できるか検討します。
  • 不採算事業からの撤退や事業ポートフォリオの見直し: 赤字を垂れ流している事業があれば、思い切って撤退することも、全体の資金繰りを改善するためには必要な判断です。また、収益性の高い事業にリソースを集中させるなど、事業ポートフォリオを見直すことで、資金効率を高めることができます。

これらの経営改善策は、一朝一夕に効果が出るものではありません。現状分析に基づいた具体的な改善計画を策定し、PDCAサイクルを回しながら、継続的に実行していく粘り強い取り組みが必要です。必要であれば、中小企業診断士などの外部専門家のサポートを借りることも有効です。

複数の資金調達手段を組み合わせる「ハイブリッド戦略」

前回のセッションで様々な資金調達の選択肢を見てきましたが、「攻め」の資金繰りにおいては、これらの手段を単体で考えるのではなく、複数組み合わせて活用する「ハイブリッド戦略」が非常に有効です。

なぜハイブリッド戦略が有効なのでしょうか?

  1. リスクの分散: 特定の金融機関や資金調達方法に依存するリスクを減らすことができます。
  2. 目的への最適化: 必要な資金の目的(運転資金、設備投資、新規事業など)や金額に応じて、最適な資金調達手段を組み合わせることで、より効率的かつ有利な条件で資金を確保できます。
  3. 資金調達機会の拡大: 複数のチャネルを持つことで、いざという時に資金調達できる可能性が高まります。

ハイブリッド戦略の具体例

実際のビジネスシーンでは、以下のようなハイブリッド戦略が考えられます。

  • 例1:老朽化した設備の入れ替え
    • 戦略: 「ものづくり補助金」を活用して設備購入費用の一部を賄い、残りを「金融機関からの長期借入」で調達する。
    • 効果: 返済不要の補助金で初期投資の負担を軽減しつつ、長期借入で資金繰りへの影響を抑える。
  • 例2:新しい製品開発と販売
    • 戦略: 研究開発費用の一部は「自己資金」を充当し、試作品開発や量産化の一部資金を「購入型クラウドファンディング」で調達。販売促進費用は「日本政策金融公庫からの融資」を活用する。
    • 効果: 自己資金でコミットメントを示し、クラウドファンディングで市場ニーズを確認しつつ資金を調達、公的金融機関の融資で事業の信頼性を高める。クラウドファンディングは資金調達と同時にマーケティング効果も期待できる。
  • 例3:急成長に伴う運転資金の増加
    • 戦略: 日常的な運転資金は「金融機関からの短期借入」や「当座貸越」で機動的に対応し、売掛金回収までの「つなぎ資金」として「売掛債権担保融資(ABL)」を活用する。
    • 効果: 事業規模拡大による資金需要増に柔軟に対応しつつ、売掛金を早期に資金化することでキャッシュフローを改善する。

ハイブリッド戦略を成功させるためには、前回のセッションで触れたように、それぞれの資金調達手段の特性(デットかエクイティか、返済の有無、金利、期間、審査のポイントなど)を深く理解している必要があります。そして、それらを自社の事業計画や資金繰り計画と照らし合わせながら、最適な組み合わせを検討することが重要です。

企業の成長段階によっても、適した資金調達戦略は変化します。創業期は自己資金やエンジェル投資家、政策金融公庫からの融資が中心となるかもしれませんが、成長期にはベンチャーキャピタルからのエクイティファイナンスや、金融機関からの大型融資、そして株式公開(IPO)なども視野に入ってきます。自社の現在地と将来の姿を見据え、常に最適な資金調達のポートフォリオを考えていくことが、「攻め」の資金繰りには不可欠です。

資金繰りを「攻め」に転じるためのマインドセット

資金繰りを「攻め」のツールとして活用するためには、経営者のマインドセットも重要です。

  • 変化への対応力: 外部環境の変化に敏感に反応し、必要であれば事業戦略や資金計画を柔軟に見直す姿勢が必要です。
  • 情報収集力: 最新の資金調達情報(補助金、新しい金融サービスなど)や、他社の成功事例などを常に収集し、自社に取り入れられないか検討する意欲が重要です。
  • 早期の意思決定: 資金繰りに関する問題やチャンスに気づいたら、後回しにせず、早期に分析し、必要な意思決定を行うことが、手遅れにならないために非常に重要です。

資金繰りを「管理されるもの」ではなく、「自らコントロールし、未来を創るための手段」として捉え直すこと。これが、「攻め」の資金繰りの出発点です。

次のセッションでは、一見関係なさそうに思える「ヒト」、つまり人的資本経営や健康経営が、資金繰りにどう影響するのか、その意外な関係性について掘り下げていきます。経営改善の一環としての人件費効率化だけでなく、従業員のエンゲージメントや健康が、どのように生産性向上やキャッシュフロー改善に繋がるのか、具体的な視点をお伝えします。