これまでの記事を通じて、法改正対応の重要性、それが経営戦略に繋がる意義、そして情報収集から規程見直し、ツール活用、専門家連携、助成金活用といった具体的な実務ステップについて解説してきました。これで、法改正対応の全体像と進め方について、かなりの部分が見えてきたことと思います。
しかし、実際に自社で対応を進めようとすると、「うちの会社の場合はどう考えればいいのだろう?」「こういう時、どう対応すれば正しいの?」といった、個別の状況に応じた様々な疑問や不安が生まれてくるものです。
特に中小企業では、イレギュラーなケースへの対応や、多様化する働き方と法律との兼ね合いなど、判断に迷う場面も少なくないでしょう。
この章では、中小企業の経営者や人事担当者の皆様が法改正対応を進める上で直面しがちな、「よくある疑問」にQ&A形式でお答えし、その解決策を探っていきます。日々の業務で感じている「もやもや」を解消し、自信を持って法対応を進めるためのヒントを見つけてください。
5-1. 従業員からの問い合わせにどう対応するか
法改正が行われると、従業員も自身の働き方や権利にどう影響するのか、当然関心を寄せます。人事担当者や経営者に対して、様々な質問が寄せられることでしょう。これらの問い合わせに適切に対応することは、従業員の不安を解消し、会社への信頼を維持する上で非常に重要です。
Q1:従業員から法改正の内容について質問されました。どのように回答するのが良いですか?
A1: 従業員からの法改正に関する質問には、以下の点を心がけて対応しましょう。
- 正確な情報に基づき、分かりやすく説明する: 曖昧な知識で回答したり、憶測で話したりすることは避けましょう。事前に正確な情報を入手・整理しておき、法律の条文をそのまま伝えるのではなく、その改正によって「従業員の働き方が具体的にどう変わるのか」「会社としてどのような対応をとるのか」を、専門用語を使わずに平易な言葉で説明することが重要です。厚生労働省が発行するパンフレットやQ&A集、あるいは顧問社労士が作成した資料などを活用するのも有効です。
- 自社の規程や取り組みと関連付けて説明する: 単に法律論として話すのではなく、改正法を受けて貴社がどのように就業規則を変更したのか、どのような新しい制度を導入したのか、といった具体的な会社の対応策と紐づけて説明することで、従業員は自身の働き方への影響をより具体的に理解できます。
- 分からないことは正直に伝え、後日回答する: その場で回答できない質問があった場合は、「申し訳ありません、確認して改めて回答します」と正直に伝え、必ず期日を決めて回答しましょう。分からないことを知ったかぶりしたり、放置したりすると、不信感につながります。必要であれば、顧問社労士などの専門家に確認を取りましょう。
- 丁寧かつ誠実な姿勢で対応する: 従業員は法改正によって自分の権利や労働条件がどうなるのか、不安を感じている可能性があります。一人ひとりの質問に対し、真摯に耳を傾け、従業員の立場に立って丁寧に説明することが、信頼関係の構築に繋がります。
Q2:想定される従業員からの主な質問には、どのようなものがありますか?事前に準備しておくべきことはありますか?
A2: 法改正の内容によって質問は異なりますが、一般的に以下のような項目について質問が寄せられることが多いです。これらの点について、事前に自社の対応方針や具体的なルールを整理し、回答を準備しておくとスムーズです。
- 働き方改革関連:
- 「残業時間の上限はどうなったの?」「特別条項って何?」
- 「有給休暇はいつ、何日取れる?」「会社から『○日に取れ』って言われたんだけど、従わなきゃいけないの?」
- 「フレックスタイム制やリモートワークのルールはどうなったの?」
- ハラスメント対策:
- 「パワハラって具体的にどんなこと?」「どんな言動がハラスメントになるの?」
- 「相談窓口はどこ?」「相談したら秘密は守られるの?」
- 労働安全衛生法関連:
- 「ストレスチェックの結果って会社にバレるの?」「高ストレスって言われたらどうなるの?」
- 「健康診断の結果で、会社から何か言われるの?」
- 社会保険関連:
- 「パートでも社会保険に入れるの?」「私の給料だと保険料はいくらになるの?」
- 育児・介護休業関連:
- 「育児休業はいつまで取れる?」「分割して取れるようになったって本当?」
- 「子の看護休暇や介護休暇のルールは?」
これらの質問に対するQ&A集を作成したり、就業規則の変更点をまとめた資料を作成したりして、従業員がいつでも確認できるようにしておくと、問い合わせ対応の効率化にも繋がります。
5-2. 多様な働き方と法対応のバランス
近年、リモートワーク、フレックスタイム、副業・兼業など、働き方はますます多様化しています。これは、従業員のニーズに応え、生産性向上や人材確保に繋がる素晴らしい流れである一方、既存の法規制との兼ね合いで、企業としてどのように対応すべきか判断に迷うケースも増えています。
Q3:リモートワークを導入していますが、労働時間の管理はどうすれば良いですか?
A3: リモートワークにおける労働時間管理は、オフィス勤務とは異なる難しさがあります。以下のいずれかの方法で対応することになります。
- 実労働時間管理: 基本的には、オフィス勤務と同様に、始業・終業時刻を記録する方法です。PCのログイン/ログオフ記録、勤怠管理システムの打刻機能、チャットツールでの報告など、客観的な方法で記録・管理します。休憩時間や中抜け時間についても、ルールを明確にし、従業員に周知することが重要です。
- 事業場外みなし労働時間制: 業務の性質上、労働時間の算定が困難な場合に適用できる制度です。ただし、適用には厳格な要件があり、多くのリモートワークには適用できません(例:会社からの具体的な指示がなく、大幅に労働者の裁量に委ねられている場合など)。適用できるか否かは慎重に判断し、必要であれば社労士に相談しましょう。
どちらの方法をとるにしても、リモートワーク規程を整備し、労働時間管理の方法やルールの明確化、従業員への周知徹底が不可欠です。また、長時間労働を防ぐためのアラート機能を持つ勤怠管理システムの導入も有効です。労働安全衛生法上の安全配慮義務として、自宅での作業環境への配慮や、リモートワークによるメンタルヘルスの不調にも注意が必要です。
Q4:従業員から副業・兼業の申請がありました。どこまで認めるべきですか?労働時間管理はどうなりますか?
A4: 厚生労働省は、働き方の多様化を促進する観点から、副業・兼業を推奨する方向性を示しており、モデル就業規則からも許可制から届出制へと変更されています。原則として、労働者は労働時間外であれば自由に副業・兼業を行うことができます。
ただし、企業が副業・兼業を制限できるのは、以下のような場合に限られます(就業規則への規定が必要です)。
- 労務提供上の支障がある場合(過重労働により本業がおろそかになるなど)
- 企業秘密が漏洩する場合
- 会社の利益を不当に害する場合(競業にあたる場合など)
- 会社の信用や名誉を損なう場合
労働時間管理の注意点: 副業・兼業の場合、本業と副業・兼業の労働時間は「通算」して考える必要があります。法定労働時間を超えた場合は、どちらの事業主が残業代を支払うか、といった問題が生じうるため、従業員からの労働時間自己申告制度を導入するなど、労働時間の実態を把握する仕組みが必要です。
対応のポイント: 副業・兼業に関する規程を整備し、従業員からの届け出を義務付けましょう。届け出があった際には、上記の制限事由に該当しないかを確認し、従業員と十分に話し合うことが重要です。必要に応じて、労働時間管理について、従業員と協力して記録・管理する仕組みを構築しましょう。
Q5:育児や介護との両立支援に関する法改正について、中小企業としてどこまで対応が必要ですか?法定以上の制度を設けるメリットはありますか?
A5: 育児休業・介護休業法は、従業員の育児や介護との両立を支援するための重要な法律であり、企業規模に関わらず遵守が求められます。法律で定められた以下の基本的な制度は確実に提供する必要があります。
- 育児休業、介護休業
- 子の看護休暇、介護休暇
- 所定労働時間短縮等の措置(育児・介護のため)
- 深夜業・時間外労働の制限(育児・介護のため)
近年、育児休業の分割取得や男性の育児休業促進など、法改正により従業員がより制度を利用しやすくなっています。
法定以上の制度を設けるメリット: 法定以上の育児・介護支援制度(例:法定期間を超える短時間勤務、法定日数を超える特別休暇など)を設けることは、義務ではありませんが、企業にとって大きなメリットがあります。
- 優秀な人材の確保・定着: 育児や介護は、多くの従業員が直面しうるライフイベントです。これらの事情を抱える従業員が働きやすい環境を整備することで、離職を防ぎ、長く活躍してもらうことができます。特に、育児休業から復帰後のサポートが手厚い企業は、従業員にとって非常に魅力的です。
- 企業イメージ・ブランド価値の向上: 「従業員を大切にする会社」「ライフイベントと仕事の両立を応援する会社」というポジティブなイメージは、企業のブランド価値を高め、採用活動においても大きな強みとなります。
- 生産性向上: 従業員が仕事と育児・介護を両立できる安心感を持つことで、仕事への集中力やモチベーションが向上し、結果的に生産性向上に繋がる可能性があります。
これらの両立支援の取り組みに対しては、両立支援等助成金など、様々な助成金制度も活用できます。海外の多くの先進企業では、多様な従業員が活躍できるよう、法定以上の手厚い両立支援制度や柔軟な働き方を積極的に導入しています。
まとめ:疑問を解消し、自信を持って法対応を進める
この記事では、中小企業が法改正対応を進める上でよく直面する、「従業員からの問い合わせ対応」や「多様な働き方と法対応のバランス」といった具体的な疑問とその解決策に焦点を当てました。
これらの疑問への回答は、法対応の複雑さを改めて感じさせると同時に、一つ一つに適切に対応していくことの重要性を示しています。疑問を放置せず、正確な情報を得て、自社の状況に合わせて対応策を検討することが、リスク回避と同時に、従業員の信頼を獲得し、より働きやすい環境を整備することに繋がります。
「従業員への説明の仕方、参考になったな」 「リモートワーク規程、ちゃんと見直さないと」 「副業・兼業のガイドライン、改めて読んでみよう」
このように、この記事があなたの具体的な行動への後押しとなれば幸いです。
さて、ブログシリーズも終盤に差し掛かってきました。これまでの記事で、法改正対応の重要性から具体的なステップ、そしてよくある疑問への対応まで、体系的に見てきました。最終回の記事では、これまでの内容を総括し、法改正対応を単なる義務で終わらせず、企業の持続的な成長へと繋げていくための、さらに一歩進んだ戦略的な視点や、今後の展望について解説します。
法改正対応は、終わりのない旅のようなものです。しかし、適切な知識と準備があれば、決して恐れることはありません。さあ、次回の記事で、この旅を成功へと導く最終章をご覧ください。