08-2. あなたの会社を襲うサイバー攻撃の手口:事例で学ぶ脅威の種類

前回のセッションでは、なぜ今、中小企業がサイバー攻撃の標的となりやすく、「うちは大丈夫」という考えが危険であるか、そして経営層や人事の役割が重要であることをお伝えしました。

「なるほど、うちも無関係ではないのか。でも、具体的にどんな攻撃があるの?」

そう思われた方もいらっしゃるでしょう。漠然とした不安ではなく、具体的な「敵」の姿を知ることが、適切な対策を講じるための第一歩となります。

このセッションでは、中小企業が実際に遭遇する可能性の高いサイバー攻撃の手口をいくつかご紹介します。事例を交えながら解説しますので、ぜひあなたの会社に潜むリスクと照らし合わせながら読み進めてみてください。

2-1. 最も身近な脅威:フィッシング詐欺とメール訓練の重要性

皆さんの日々の業務で最も頻繁に利用するツールは何でしょうか?おそらく「メール」と答える方が多いのではないでしょうか。だからこそ、メールはサイバー攻撃者にとって、あなたの会社への侵入を試みる最も一般的な「玄関口」となります。その代表的な手口が「フィッシング詐欺」です。

フィッシング詐欺とは、大手企業や公的機関、取引先などを装った偽のメールを送りつけ、受信者を騙して個人情報やクレジットカード情報、アカウント情報(ID・パスワード)などを盗み取ろうとする手法です。

【フィッシング詐欺の巧妙な手口】

  • 大手企業や有名サービスを装う: あなたが普段利用している銀行、オンラインショッピングサイト、クラウドサービスなど、誰もが知っている企業やサービスを装います。ロゴやデザインも本物そっくりに作られていることが多く、注意深く見ないと偽物と気づきません。
  • 緊急性や不安を煽る: 「アカウントがロックされました」「不正ログインの可能性があります」「配送状況をご確認ください」「料金の未払いがあります」など、受信者に「すぐに何か対応しないと大変なことになる」と思わせるような件名や本文で誘導します。
  • 添付ファイルやリンクのクリックを誘導: メール本文中に「詳細はこちら」「本人確認のためにログインしてください」「請求書をダウンロードしてください」といった言葉とともに、偽のWebサイトへのリンクや、マルウェア(悪意のあるソフトウェア)が仕込まれた添付ファイルを送りつけます。

【中小企業でのフィッシング被害事例(架空)】

地方の製造業A社では、経理担当者が大手銀行を装ったメールを受信しました。「お客様の口座で不正な取引が検知されました。以下のリンクよりログインし、本人確認をお願いします。」という内容でした。少し慌てた担当者は、深く確認せずにリンクをクリック。表示された偽の銀行サイトにログインIDとパスワードを入力してしまいました。攻撃者はこの情報を悪用し、A社の銀行口座から不正に送金を行ったのです。幸い早期に気づき被害は最小限に食い止められましたが、対応に追われ数日間業務が停滞し、銀行や警察とのやり取りに多大な時間を要しました。

このようなフィッシング詐欺は、高度な技術を必要とせず、従業員の「うっかり」や「焦り」といった心理的な隙を突くため、最も発生しやすいサイバー攻撃と言えます。

だからこそ、「メール訓練」の重要性が非常に高まります。単に「不審なメールに注意しましょう」と呼びかけるだけでなく、実際に模擬のフィッシングメールを従業員に送り、どれだけの人が誤ってクリックしたり、情報を入力したりしてしまうかをテストするのです。その結果をフィードバックし、正しい対処法(すぐに報告する、リンクや添付ファイルを開かないなど)を周知徹底することで、従業員一人ひとりのセキュリティ意識と対応力を飛躍的に向上させることができます。これはまさに、人事部門が中心となって推進すべき、極めて効果的な「人的資本」への投資と言えるでしょう。米国の多くの企業でも、定期的なフィッシング訓練は必須のセキュリティ対策として位置づけられています。

2-2. 事業停止の危機:ランサムウェア攻撃とその影響

近年、中小企業にとって最も直接的かつ壊滅的な脅威となっているのが「ランサムウェア攻撃」です。ランサムウェアとは、あなたの会社のコンピューターやサーバー内のデータを勝手に暗号化してしまい、元に戻すことと引き換えに「身代金(Ransom)」を要求してくるマルウェアの一種です。

【ランサムウェア攻撃のメカニズム】

攻撃者は、フィッシングメールの添付ファイル、脆弱性のあるソフトウェア、不正なWebサイトなどを通じて、あなたの会社のシステムにランサムウェアを侵入させます。一度侵入すると、ファイルやデータベースを次々と暗号化していきます。暗号化が完了すると、「あなたのデータは暗号化されました。復号化(元に戻すこと)したければ、〇〇(仮想通貨など)を△△のウォレットに支払ってください」といった脅迫メッセージが表示されます。

【中小企業がランサムウェアの標的になりやすい理由】

  • セキュリティ対策の甘さ: 大企業に比べて、最新のセキュリティシステム導入や専門人材の確保が遅れている傾向があります。
  • バックアップ体制の不備: 定期的なデータバックアップを取っていない、またはバックアップデータが攻撃者からアクセス可能な場所にあるなど、復旧手段が限られている場合があります。
  • 支払い能力があると見なされる: 大企業ほどではないにしても、中小企業でも事業継続のためならある程度の金額を支払うだろうと攻撃者は考えます。

【ランサムウェア被害の深刻な影響】

  • 業務の完全停止: 基幹システムや重要なファイルが暗号化されると、見積もり作成、受発注、製造ラインの稼働、経理処理など、あらゆる業務がストップします。
  • データ消失のリスク: 身代金を支払ったとしても、必ずしもデータが復旧される保証はありません。攻撃者との交渉がうまくいかなかったり、復号化ツールが正常に動作しなかったりするリスクがあります。
  • 二重恐喝: 最近のランサムウェア攻撃では、データを暗号化するだけでなく、盗み出した情報を公開すると脅迫する「二重恐喝」の手法も増えています。これは、バックアップから復旧できる会社に対しても、身代金を支払わせるための新たな手口です。
  • 復旧にかかる多大なコストと時間: 身代金だけでなく、システムの復旧、セキュリティ対策の強化、原因調査など、ランサムウェアからの復旧には想像以上のコストと時間がかかります。

【ランサムウェア被害の事例(架空)】

地域の運送会社B社は、ある朝出社すると、社内ネットワーク上のほとんどのファイルが開けなくなっていることに気づきました。画面には「データは暗号化された。復号化したければ指定の金額を支払え」というメッセージが表示されています。基幹システムが停止し、配車計画も立てられず、荷物の配送が完全にストップしてしまいました。身代金を支払うか否か、過去のバックアップは使えるのか、混乱の中で刻一刻と時間が過ぎていきます。結局、数日間にわたる業務停止と、復旧業者への依頼、失われた一部データの再入力など、数千万円規模の損害が発生しました。

ランサムウェア攻撃は、まさに会社の生命線である「データ」を人質に取る、非常に悪質かつ破壊力の高い攻撃です。適切なバックアップ体制と、従業員のセキュリティ意識向上が、この脅威から会社を守るための最重要ポイントとなります。

2-3. 気づかぬうちに情報漏洩:標的型攻撃とサプライチェーンリスク

フィッシングやランサムウェアが比較的広範囲にばらまかれる攻撃であるのに対し、「標的型攻撃」は、特定の企業や組織、個人を狙って行われる、より高度で執拗な攻撃です。攻撃者は、事前に標的の組織について詳細に調査し、その組織の従業員や取引先になりすますなど、様々な手口を組み合わせてシステムへの侵入を試みます。

【標的型攻撃の特徴】

  • 特定の組織を狙う: 不特定多数ではなく、明確な目的(機密情報の窃取、システムの破壊など)を持って特定の企業を狙います。
  • 巧妙な偽装: 組織内部の関係者(上司、同僚)や、日常的にやり取りのある取引先、顧客などを装ったメールやメッセージを送ります。内容も業務に関連する自然な文章であることが多く、見破ることが非常に困難です。
  • 長期潜伏: 一度システムに侵入すると、すぐには攻撃を行わず、数週間、数ヶ月、時には数年にわたりシステム内部に潜伏し、情報の収集や攻撃の準備を行います。
  • 複数の手口の組み合わせ: フィッシング、マルウェア感染、脆弱性攻撃、ソーシャルエンジニアリング(人の心理的な隙を突く手口)などを組み合わせて攻撃を実行します。

【サプライチェーンリスクとしての標的型攻撃】

前回のセッションでも触れましたが、この標的型攻撃は、中小企業が大手企業のサプライチェーンの一員として狙われるケースでよく用いられます。攻撃者は、最終標的である大企業に直接攻撃を仕掛けるのが難しい場合、セキュリティ対策が比較的脆弱な中小の取引先企業を最初のターゲットとします。

中小企業のシステムに侵入した後、そこを「踏み台」として利用し、正規の取引関係を悪用して最終標的である大企業へ攻撃を仕掛けます。例えば、中小企業になりすまして大企業に不正なファイルを送りつけたり、中小企業のシステム経由で大企業のシステムに侵入したりします。

【サプライチェーン攻撃の事例(架空)】

自動車部品メーカーC社は、長年、大手自動車メーカーD社に部品を供給していました。ある日、D社からC社宛てに、業務連絡を装ったメールが届きました。しかし、このメールは攻撃者がC社のシステムに侵入するために送った偽装メールでした。C社の従業員が誤ってメールを開き、添付ファイルを実行してしまったことで、C社のシステムはマルウェアに感染。攻撃者はC社のシステム内部を踏み台として利用し、D社のシステムに不正にアクセス。D社の機密情報を窃取するに至りました。D社は原因究明の結果、攻撃の起点となったのがC社であることを特定。C社はD社からの信頼を完全に失い、取引停止の危機に瀕しました。

この事例のように、自社のセキュリティ対策の甘さが、重要な取引先や顧客に甚大な被害をもたらす可能性があります。サプライチェーン全体のセキュリティレベルを高めるためには、自社だけでなく、取引先のセキュリティ対策状況を確認し、連携して対策を進める視点も重要となります。

2-4. テレワーク環境に潜むセキュリティリスク

近年、働き方改革やパンデミックの影響で、多くの企業がテレワークを導入しました。利便性が高まる一方で、会社のオフィスから離れた自宅やカフェなどで業務を行うテレワーク環境は、新たなセキュリティリスクを生み出しています。

【テレワーク環境の主なリスク】

  • 自宅ネットワークの脆弱性: 自宅で使用しているルーターのパスワード設定が初期設定のままだったり、古いファームウェアを使っていたりすると、外部からの不正アクセスのリスクが高まります。
  • 私用デバイス(シャドーIT)の利用: セキュリティ対策が不十分な個人のパソコンやスマートフォンを業務に使用することで、マルウェア感染や情報漏洩のリスクが増加します。
  • 公共Wi-Fiの利用: セキュリティ保護されていない公共のWi-Fiに接続すると、通信内容を盗聴される危険性があります。
  • 情報漏洩: 自宅や外出先でのPC画面の覗き見(ショルダーハック)、業務資料の置き忘れや紛失といった物理的なリスクもあります。
  • セキュリティポリシーの浸透不足: オフィス勤務時と同じようなセキュリティ意識やルールが、テレワーク環境で十分に浸透していない場合があります。

これらのリスクは、従業員一人ひとりの環境と意識に大きく依存するため、IT部門だけで対策を完結させることは困難です。人事部門が中心となり、テレワークにおけるセキュリティガイドラインの策定、従業員への啓発活動、安全なネットワーク環境の利用徹底、会社の管理下にあるデバイスの利用推奨など、働く環境の変化に対応したセキュリティ対策を推進することが求められています。

例えば、多くの企業ではテレワーク導入に伴い、VPN(仮想プライベートネットワーク)の利用を必須としていますが、従業員がVPNに接続せずに業務を行っている場合、セキュリティリスクは大幅に増大します。人事部門が、このようなルールをしっかりと周知し、従業員が正しく理解・実行できているかを確認することも重要です。

次のステップへ:脅威を知り、どう備えるか?

ここまで、中小企業が直面しやすいサイバー攻撃の具体的な手口と、それによって引き起こされるリスクについて解説してきました。フィッシング、ランサムウェア、標的型攻撃、サプライチェーン攻撃、そしてテレワークリスク…。これらの脅威は、決して遠い世界の話ではなく、あなたの会社の日々の業務のすぐそばに存在しています。

「こんなにたくさんの攻撃があるのか」「うちの会社も危ないかもしれない」――もしかしたら、不安を感じられたかもしれません。しかし、脅威を知ることは、適切に「備える」ための最初の、そして最も重要なステップです。

次のセッションでは、これらのサイバーインシデントが発生した場合に、あなたの会社にどのような「深刻な影響」が及ぶのかを、事業継続だけでなく、企業信用や法的な側面、そして「人的資本」への打撃という観点からさらに深く掘り下げていきます。

脅威を知り、その影響の大きさを理解することで、「備える」ことの重要性をより強く認識できるはずです。どうぞ、次のセッションもお見逃しなく。