11-3. まずは自社の現状を知る:従業員エンゲージメントを「見える化」する方法

まずは自社の現状を知る:従業員エンゲージメントを「見える化」する方法

これまでのセッションで、従業員エンゲージメントが中小企業にとって、単なる流行り言葉ではなく、採用難や離職率、そして多様な世代との共存といった喫緊の経営課題を乗り越え、「働きがい」溢れる組織を創るための重要な鍵であることをご理解いただけたかと思います。エンゲージメントが高い組織が、いかに生産性や企業文化、人材定着においてメリットを享受できるかも見てきました。

では、いよいよ「よし、自社のエンゲージメントを高めよう!」と具体的な行動に移る段階…ではありません。何かを改善しようとする時、最も重要な最初の一歩は、**「現状を正確に知る」**ことです。自社のエンゲージメントレベルが今どれくらいなのか、何がエンゲージメントを高める要因で、何が阻害しているのか――これを「見える化」しないまま闇雲に施策を打っても、効果は期待できません。もしかしたら、的外れな取り組みに貴重なリソースを費やしてしまうかもしれません。

このセッションでは、中小企業が従業員エンゲージメントの現状を「見える化」し、自社の強みと弱みを把握するための実践的な方法をご紹介します。勘や経験だけでなく、データと現場の声を基にした、地に足の着いたアプローチを学びましょう。

3-1. 効果的なエンゲージメントサーベイの設計と活用ポイント

従業員エンゲージメントを定量的に把握する最も一般的な方法が、**「エンゲージメントサーベイ(従業員意識調査)」**です。様々なベンダーから多様なサービスが提供されていますが、中小企業がこれを効果的に活用するには、いくつかのポイントがあります。

まず、サーベイを設計する際のポイントです。

  • 質問項目の厳選と簡潔さ: 中小企業の従業員は一人あたりの業務範囲が広いことが多く、長すぎるサーベイは負担となり、回答率が低下します。エンゲージメントの主要なドライバー(例:経営層への信頼、上司との関係、仕事への意義、成長機会、評価への納得感、職場環境、同僚との関係など)に焦点を絞り、質問数は必要最小限に抑えましょう。シンプルで分かりやすい言葉で質問を作成することも重要です。
  • 自社の状況に合わせたカスタマイズ: 既成のテンプレートも便利ですが、自社の企業文化や業種、規模特有の状況を反映した質問をいくつか加えることで、より深掘りしたインサイトが得られます。例えば、リモートワークの導入状況や、特定の部署特有の課題に焦点を当てるなどです。
  • 「パルスサーベイ」の検討: 年に一度の大規模なサーベイだけでなく、より短い頻度(四半期に一度など)で少数の質問を行う「パルスサーベイ」は、リアルタイムに近い従業員の意識変化を捉えるのに適しています。中小企業の変化のスピードに合わせて、よりタイムリーな対策を打つことが可能になります。

次に、サーベイを「活用」する際のポイントです。ここが、サーベイを実施するだけで終わらせない、最も重要な部分です。

  • 目的と利用方法の明確な伝達: サーベイ実施の前に、従業員に対して「なぜこのサーベイを行うのか」「結果をどのように活用するのか」を丁寧に説明しましょう。これは単なる義務ではなく、従業員の意見を尊重し、より良い会社を共に創っていくための大切なプロセスであることを伝えることが、正直な回答と高い回答率を引き出す鍵です。「どうせ何も変わらない」と思われないためにも、このコミュニケーションは欠かせません。
  • 匿名性の確保と周知: 特に本音を引き出すためには、回答の匿名性が保護されていることを従業員に保証し、周知徹底する必要があります。外部の専門業者のシステムを利用する、部署別などの集計単位を一定人数以上にするなど、個人が特定されない仕組みを明確に伝えましょう。
  • 迅速かつ丁寧な結果分析: サーベイ実施後は、速やかにデータを集計し、分析を行います。全体の傾向はもちろん、部署別、勤続年数別、役職別など、様々な切り口でデータを深掘りすることで、組織全体では見えない特定のグループが抱える課題が見えてきます。単にスコアの良し悪しだけでなく、「なぜそのスコアなのか?」を考えることが重要です。
  • 結果のフィードバックと具体的なアクションプランの提示: 分析結果は、必ず従業員全体にフィードバックしましょう。良い点、改善が必要な点を正直に伝え、「その結果を受けて、会社として(あるいは部署として)具体的にどのような改善策に取り組むのか」を明確に提示します。従業員は、自分たちの声が真剣に受け止められ、行動に繋がっていることを実感することで、「会社に貢献しよう」というエンゲージメントをさらに高めます。アクションプランを提示しないままでは、次回のサーベイへの期待感も失われ、エンゲージメントをかえって低下させるリスクさえあります。

3-2. サーベイ結果だけではない?現場の声を拾い上げる重要性

エンゲージメントサーベイは、組織全体の傾向や従業員の意識の分布を把握する上で非常に強力なツールです。しかし、数字だけでは捉えきれない、従業員の「本音」や課題の背景にある「なぜ?」を理解するためには、サーベイ以外の方法で現場の声を拾い上げることが不可欠です。定点的なサーベイデータ(定量情報)と、現場からのリアルな声(定性情報)を組み合わせることで、より立体的で正確な現状把握が可能になります。

では、どのようにすればサーベイだけでは分からない現場の声を拾い上げることができるのでしょうか。

  • マネージャーによる1on1ミーティング: これについては後のセッションで詳しく掘り下げますが、日常的に部下とマネージャーが1対1で対話する1on1は、エンゲージメント状況を把握する上で非常に有効な手段です。サーベイでは匿名のため深掘りできない個別の状況や、仕事に対する個人的な思い、キャリアに関する悩みなどを直接聞き取ることで、サーベイの数字だけでは見えない重要なインサイトが得られます。マネージャーが部下のエンゲージメント状態を把握し、早期に支援を行うためにも不可欠です。
  • 非公式な対話の促進: 経営層や管理職が、日ごろから現場に足を運び、形式ばらない会話の中から従業員の考えや感情を察知することも重要です。休憩時間やランチタイム、部署の懇親会など、リラックスした雰囲気の中での会話にこそ、本音が出やすいものです。こうした機会を通じて、「最近何か困っていることはない?」「仕事でどんな時に一番やりがいを感じる?」といった問いかけを自然に行える関係性を築くことが大切です。
  • タウンホールミーティングや意見交換会: 経営層が全従業員に対して会社の現状や戦略を共有し、従業員からの質問や意見に直接答える機会を設けることも有効です。これにより、経営と従業員の間の心理的な距離が縮まり、従業員は「自分たちの声が経営に届く」と感じることができます。
  • 提案制度や目安箱: 匿名でも意見を提出できる仕組みは、直接言いにくいことでも拾い上げるのに役立ちます。最近では、オンラインで手軽に投稿できるツールなどもあります。
  • 退職者へのヒアリング(Exit Interview): 退職を決めた従業員への丁寧なヒアリングは、組織の課題を知る上で非常に貴重な機会です。正直な意見を聞くことができる可能性が高く、離職の原因を探ることで、今後の離職防止策やエンゲージメント向上策のヒントが得られます。

重要なのは、これらの定量・定性両方の情報を収集する仕組みを複数持ち、それらを統合的に分析することです。サーベイで「コミュニケーションに課題がある」という傾向が出たとして、1on1や現場の声で具体的に「どの部署で」「どのような種類のコミュニケーション(例:上司からのフィードバックが少ない、部署間の連携がうまくいかないなど)」に問題があるのかを特定する。これにより、よりピンポイントで効果的な改善策を検討できるようになります。

エンゲージメントの「見える化」は、組織の健康診断のようなものです。現状を正しく診断することで、初めて適切な「治療法」や「予防策」が見えてきます。このプロセスを通じて得られた自社のエンゲージメントに関するデータとインサイトこそが、今後の「働きがい」向上と組織活性化に向けた取り組みの羅針盤となるのです。

さあ、自社のエンゲージメントレベルを理解する準備は整いました。次のセッションでは、この診断結果を踏まえ、実際に従業員の「働きがい」とエンゲージメントを高めるための、明日から実践できる具体的な施策について、いよいよ掘り下げていきます。