エンゲージメント向上施策を成功させるための鍵と注意点
前回のセッションでは、中小企業でも「明日から実践できる」エンゲージメント向上に向けた具体的な施策を多数ご紹介しました。経営層・管理職の役割、コミュニケーション、成長機会、評価・報酬、そして柔軟な働き方とウェルビーイングへの配慮といった多岐にわたる施策は、どれも従業員の「働きがい」を高める上で非常に効果的です。
しかし、これらの施策を導入するだけで、すぐに組織のエンゲージメントが劇的に向上し、それが定着するかというと、必ずしもそうではありません。エンゲージメント向上の取り組みは、単なるプロジェクトとして「実施して終わり」にするのではなく、組織の文化や日常業務の中にしっかりと根付かせ、継続的に育てていく必要があります。
このセッションでは、せっかくの取り組みを成功に導き、一過性のブームに終わらせないための「鍵」と、多くの企業が陥りがちな「注意点」について、中小企業ならではの視点も踏まえて詳しく解説します。
5-1. 一過性で終わらせない!継続的な取り組み体制の構築
エンゲージメント向上に向けた取り組みが失敗する最も一般的な理由の一つは、「単発のイベントやプロジェクトとして実施され、その後のフォローアップや継続的な運用が行われないこと」です。例えば、従業員サーベイを実施したものの、結果を共有しただけで具体的な改善活動に繋がらなかったり、新しい施策を導入しても、それが日常業務の中に定着せず形骸化してしまったりといったケースです。
エンゲージメントは生き物であり、常に変化します。組織の状況や従業員のニーズも時間と共に変わっていきます。だからこそ、エンゲージメント向上は「一度やれば済む」ものではなく、継続的な経営・人事の取り組みとして位置づける必要があります。では、どうすれば取り組みを一過性で終わらせず、組織に根付かせることができるのでしょうか。
- 経営層の揺るぎないコミットメントを常に示す: エンゲージメント向上の重要性を経営トップが理解し、言葉だけでなく行動で示し続けることが何よりも重要です。「エンゲージメントはうちの会社の最優先課題の一つだ」と繰り返し発信し、自らも取り組みに積極的に関与する姿を見せることで、組織全体の意識を高めることができます。経営会議でエンゲージメント関連のトピックを定期的に議題に上げるといった具体的な行動も有効です。
- 取り組みを日常業務に組み込む: エンゲージメント施策を、通常の業務とは切り離された特別なものにしないことが肝心です。例えば、1on1ミーティングをマネージャーの必須業務とする、フィードバックを日々のコミュニケーションの一部とする、ビジョンを語る機会を定期的に設ける、といったように、既存の業務プロセスの中に自然に溶け込ませていく工夫が必要です。
- 推進体制を明確にする: 「誰が旗振り役となり、誰が実務を担うのか」を明確にしましょう。多くの場合、人事部が中心的な役割を果たしますが、各部署のリーダーである管理職が現場での実践の要となります。必要に応じて、エンゲージメント向上委員会のような横断的なチームを組成したり、外部の専門家のアドバイスを活用したりすることも検討できます。重要なのは、「担当者が誰か分からない」「責任の所在が曖昧」といった状態にしないことです。
- 継続的なコミュニケーションと情報共有: 取り組みの進捗状況や、それによってどのような変化が生まれているのかを、従業員に定期的に共有しましょう。「〇〇に関する取り組みを始めた結果、この点が改善されました」「△△という施策について、皆さんからこんなフィードバックがあったので、今後はこのように変更します」といった具体的な情報共有は、従業員の関心と協力を維持し、「自分たちの声が会社を動かしている」という実感を生み出します。社内報、全体会議、メール、社内SNSなど、様々なチャネルを活用しましょう。
- 必要なスキル習得への投資: 1on1や効果的なフィードバック、部下育成といったスキルは、誰もが生まれながらに持っているわけではありません。管理職に対して継続的な研修やコーチングを提供し、エンゲージメントを高めるための具体的なスキルを習得してもらうことが、施策の実効性を高める上で不可欠です。中小企業でも、外部のオンライン研修サービスを利用したり、社内勉強会を実施したりするなど、できる範囲で投資を行いましょう。
これらの取り組みは、単なる「To Doリスト」をこなすのではなく、**「組織の文化を変えていく」**という長期的な視点を持つことが成功の鍵となります。
5-2. 他社事例に学び、自社にフィットさせる方法
エンゲージメント向上のヒントを得るために、他社の成功事例を参考にすることは非常に有益です。インターネット上には、大企業から中小企業まで、様々な企業の取り組み事例が公開されています。厚生労働省や経済産業省のウェブサイト、日本の人事部、HR Proといった人事専門メディア、SHRM(米国人材マネジメント協会)などのグローバルな組織が発表する調査レポートやベストプラクティス事例は、多くの示唆を与えてくれます。
例えば、柔軟な働き方については、IT企業などが先進的な取り組みを行っているケースが多く見られます。ウェルビーイングや健康経営については、特定の業界や地域でモデルとなる企業があるかもしれません。評価制度やフィードバックについては、WorkdayやSAP SuccessFactorsのようなタレントマネジメントシステムを提供する企業が、その思想の背景となるベストプラクティスを紹介していることもあります(ただし、これらのシステム自体は中小企業にはオーバースペックな場合もあるため、考え方やフレームワークを参考にするのが良いでしょう)。
しかし、ここで重要な注意点があります。それは、**他社の事例を「そのままコピーしない」**ことです。成功している会社の取り組みには、必ずその会社の歴史、文化、事業内容、従業員の構成、そして経営戦略といった独自の背景があります。A社でうまくいった施策が、あなたの会社で同じように機能するとは限りません。例えば、ある大手企業が導入した全社員向けの大規模研修プログラムを、そのまま中小企業が真似しようとしても、予算も人員も足りず、挫折してしまう可能性が高いでしょう。
他社事例から学ぶべきは、個別の施策そのものよりも、**「なぜその施策を行ったのか」「その施策を通じて何を目指したのか」「どのような課題を解決しようとしたのか」といった、取り組みの「本質」や「考え方」**です。
そして、学んだ考え方やヒントを、**「自社の状況に合わせてアレンジし、フィットさせる」**ことが成功の鍵となります。自社の従業員の年齢層、職種、企業文化、経営資源(予算、人員、時間)を考慮し、「うちの会社なら、この考え方をどのように実現できるだろうか?」と具体的に検討しましょう。他社の事例を参考に、まずは小規模なパイロットプログラムとして特定の部署で試してみる、従業員から直接アイデアを募る、といった柔軟なアプローチが、中小企業には適しています。
SHRMのようなグローバルな視点や、日本の人事部、HR Proのような国内の最新トレンド情報を参考にしながらも、最終的に自社にとって最適な「エンゲージメント向上の形」を創造していくことが、独自性と競争力に繋がります。
5-3. 効果測定と改善サイクルの回し方
エンゲージメント向上に向けた施策を実行したら、それが実際にどれだけ効果を上げているのかを測定し、結果に基づいて改善を続けることが不可欠です。いわゆる**「PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)」**を回すということです。
- Plan(計画): 前回のセッションで策定した、自社のエンゲージメント課題を解決するための具体的な施策がこれにあたります。
- Do(実行): 計画した施策を実行に移します。
- Check(評価・測定): 実行した施策がどのような効果をもたらしたかを測定・評価します。ここで再び重要になるのが、第3セッションで解説した「見える化」の手法です。
- エンゲージメント関連指標の追跡: 定期的にエンゲージメントサーベイ(あるいはパルスサーベイ)を実施し、総合スコアや特定の質問項目のスコアがどのように変化したかを追跡します。施策導入前と比較したり、施策を導入した部署としていない部署で比較したりすることで、施策の直接的な効果を検証します。
- 経営指標・人事指標との連動: エンゲージメント向上が期待されるビジネス成果に繋がっているかを確認します。具体的には、離職率(施策導入後にどう変化したか?)、定着率、欠勤率、遅刻率、部署やチームの生産性指標(売上、コスト、作業効率など、可能な範囲で)、顧客満足度(従業員のエンゲージメントが高いと顧客満足度も高まる傾向があります)、採用コストや期間(魅力的な会社になることで改善されるか?)といった指標を追跡します。エンゲージメントサーベイの結果とこれらの経営指標をクロス分析することで、エンゲージメントが経営に与える具体的な影響を「見える化」できます。
- Act(改善・見直し): 測定結果を分析し、「この施策は効果があったのか?」「期待したほどの効果が得られなかったのはなぜか?」「他にどんな課題が見えてきたか?」といった問いに対して、率直に議論します。そして、その分析結果に基づいて、施策の見直し、改善、あるいは新たな施策の企画を行います。例えば、1on1を実施しているのにエンゲージメントスコアが上がらない場合は、1on1のやり方に問題があるのかもしれません。評価制度を改定したのに納得感が低いままなら、評価基準の明確さや、評価後のフィードバック方法に課題があるのかもしれません。
この「測定→分析→改善」のサイクルを愚直に回し続けることが、エンゲージメント向上の取り組みを成功させるための最も重要な鍵です。従業員に対しても、測定結果とそれに基づいて会社が次に何に取り組むのかを透明性高くフィードバックすることで、「自分たちの声は会社をより良くするために活かされている」という信頼感とエンゲージメントを高めることができます。
エンゲージメント向上は、即効性のある特効薬ではありません。しかし、継続的に正しい方向に努力を続ければ、必ず組織の雰囲気は変わり、従業員の「働きがい」は高まり、それがやがて企業の確かな成果として現れてきます。諦めずに、一歩ずつ、この改善サイクルを回していきましょう。
次のセッションでは、これまでの話を総括し、従業員エンゲージメント向上への取り組みが、いかにして企業の経営全体、特に「人的資本経営」という視点から企業の未来価値を高める投資となるのか、その大きな絵姿を見ていきます。