さて、私たちはこれまでのセッションを通じて、中小企業が海外事業を展開する際に直面する、様々な「壁」について詳細に見てきました。
最初のセッションでは、大企業とのリソースの差や、事前の準備不足が引き起こすリスクなど、なぜ中小企業が海外事業でつまずきやすいのか、その現状を共有しました。多くの失敗事例が、安易な海外進出の危険性を物語っています。
続くセッションでは、海外事業成功の生命線とも言える「人」に関する課題に焦点を当てました。優秀なグローバル人材の採用・育成の難しさ、異文化マネジメントの壁、複雑な海外労務への対応、そして見落とされがちな駐在員のメンタルヘルスと健康管理、さらには帰国後のキャリアパスといった、人事・労務、そして産業保健に携わる皆様が直面しうる具体的な問題点を深く掘り下げました。
そして前回のセッションでは、人材以外の要素、すなわち現地のリアルな市場理解の重要性、予期せぬ政治・経済・災害リスクへの備え、文化や商慣習の違いを乗り越える戦略、そして知らなかったでは済まされない税務とコンプライアンスといった「壁」について解説しました。これらの課題が、「人」の課題とも密接に絡み合い、事業全体に影響を及ぼす構造がお分かりいただけたかと思います。
様々な課題がある。これは紛れもない事実です。しかし、これらの課題の存在を知り、しっかりと向き合うことこそが、海外事業成功への第一歩です。そして、これらの「壁」を乗り越えるための鍵は、突き詰めればこの二つに集約されます。
それは、**「人」への適切な投資と、徹底した「準備」**です。
5-1. あなたの会社は、海外事業の「壁」にどう向き合いますか?
これまで見てきたように、海外事業の成功は、単なる製品力や技術力だけでは決まりません。それを支える「人」の力と、「壁」に備える「準備」の質にかかっています。
このブログを読み進めてこられた皆様は、ご自身の会社が海外事業を考える上で、どのような課題に直面しうるか、具体的なイメージを持たれたのではないでしょうか。
ここで少し立ち止まって、自社の状況を内省するための問いかけをしてみましょう。これらの問いに対する答えが、貴社が海外事業展開を成功させるために、これから取り組むべき具体的なアクションのヒントになります。
【問いかけ】
- 「人」に関する問い:
- もし明日、海外拠点のリーダーやキーパーソンが必要になったら、社内に適任者は何人いますか? 彼らをどう育てますか?
- 海外で働く従業員(駐在員、現地社員)が、異文化の中で心身ともに健康に働き続けられるよう、具体的にどのようなサポート体制が今、貴社にはありますか? 足りないものは何でしょうか?
- 現地の労働法や社会保険制度について、誰がどこまで理解していますか? 信頼できる現地の専門家との繋がりはありますか?
- 多様な文化を持つ現地社員のモチベーションを高め、公正に評価できる人事制度について、具体的なアイデアはありますか?
- 海外勤務経験者が、帰国後もその経験を活かして社内で活躍できるキャリアパスは明確になっていますか?
- 「準備」に関する問い:
- 進出を検討している国や市場について、客観的なデータに基づいた徹底的な調査はどこまでできていますか? 現地のリアルなニーズを把握できていますか?
- 自社の製品やサービスは、現地の法規制や文化、競合環境に照らして、そのまま通用しますか? ローカライズが必要な場合、どのくらいのコストと時間がかかりますか?
- 進出先の国で想定される、政治、経済、災害、治安といったカントリーリスクを洗い出し、それぞれの発生時の影響を評価できていますか? それに対する具体的な備え(保険、BCPなど)はありますか?
- 現地の複雑な税務や、グローバルなコンプライアンス(贈賄規制、個人情報保護など)について、基本的な知識はありますか? 知らなかったでは済まされないリスクに対し、専門家と連携する体制はありますか?
- 海外事業の目標達成のために、誰がどのような役割を担い、どのようなスケジュールで進めるのか、具体的な事業計画はありますか?
これらの問い全てに明確に答えられる中小企業は少ないかもしれません。それで良いのです。重要なのは、これらの「壁」が存在することを認識し、「自社は、この問いに対してまだ準備が不十分だ」と自覚することです。その自覚こそが、行動の原動力となります。
5-2. 明日からできる!自社の課題を洗い出すための第一歩
壮大な計画や、莫大な投資が必要だと感じ、立ちすくんでしまう必要はありません。海外事業への挑戦は、小さな一歩から始まります。そして、その最初の一歩は、この記事を読み終えた「今」から踏み出すことができます。
【明日からできる具体的なアクション例】
- 社内での対話を開始する: 社長、役員、海外事業に関心のある社員、人事部、必要であれば産業医や保健師も交え、「当社の海外事業における課題は何か?」「この記事で触れられた課題のうち、特に懸念されるのはどれか?」といったテーマで話し合いの場を持ってみましょう。形式ばった会議でなくても構いません。ランチミーティングでも、オンラインでの非公式な意見交換でも良いのです。
- 情報収集の習慣をつける: JETROのウェブサイトやメルマガに登録する、中小企業庁の海外展開支援に関する情報をチェックする、海外ビジネス関連のニュース記事を読むなど、意識的に海外ビジネスに関する情報を収集する習慣をつけましょう。
- 外部の支援制度を調べてみる: JETROや中小企業庁などが提供する、海外進出に関するセミナー、専門家派遣、補助金などの支援制度について調べてみましょう。「中小企業 海外進出 支援」といったキーワードで検索してみてください。思わぬ形でサポートを受けられる可能性があります。
- 海外経験者から話を聞く: もし社内に海外勤務経験者がいれば、彼らのリアルな経験談を聞いてみましょう。どのような課題に直面し、どう乗り越えたのか、彼らの声は最も実践的なヒントになります。
- 専門家や支援機関に相談する: 完璧な準備ができるまで待つのではなく、早い段階で海外ビジネスコンサルタント、またはJETROなどの支援機関に相談してみましょう。プロの視点からのアドバイスは、貴社の課題を明確にし、取るべき道筋を示す強力な助けとなります。特に人事・労務に関する課題であれば、海外労務に詳しい専門家(弁護士、社労士、コンサルタント)に相談することも検討してください。海外勤務者の健康管理であれば、産業医や保健師と共に、外部のEAPサービスや、海外医療サポートサービスなどを検討するのも良いでしょう。
- 「人材」と「準備」に関する課題をリストアップする: これまでの記事の内容や社内での議論を踏まえ、「人的課題」と「準備に関する課題」の二つの切り口で、自社が懸念される課題をリストアップしてみましょう。リスト化することで、取り組むべきことがより明確になります。
海外事業成功へ、今、一歩を踏み出す
海外事業展開は、確かに中小企業にとって大きな挑戦です。しかし、適切な「人」への投資と、粘り強い「準備」によって、その壁を乗り越え、成功を掴むことは十分に可能です。
成功している多くの中小企業も、最初から全てが揃っていたわけではありません。限られたリソースの中で、自社の強みを活かし、弱みを補うために外部の力を借り、そして何よりも、挑戦を恐れず、課題に一つずつ向き合ってきました。
このブログ記事が、貴社が海外事業展開の「課題」を自覚し、そして明日から「行動」を起こすための、小さくても確かな一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
海外という新たな舞台で、貴社の製品やサービスが世界中の人々に喜びをもたらし、そして貴社自身がさらなる成長を遂げる未来を、私たちは心から応援しています。