セッション2で法規制の重要性を理解し、セッション3で正確な労働時間把握の方法を学びました。これで「貴社の労働時間の現状がどうなっているのか」が見えてきたはずです。しかし、単に時間を把握するだけでは、残業は減りません。ここからが本番です。集計されたデータ、あるいは日々の業務で感じている非効率を基に、「どうすれば同じ、あるいはそれ以上の成果を、より短い時間で実現できるか」、つまり**「生産性向上」と「業務効率化」**を徹底的に追求するステップに移ります。
「残業を減らしたら、仕事が終わらない」「人手不足なのに、これ以上業務を効率化するのは無理だ」…そう感じている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、多くの残業は、必ずしも業務量そのものが絶対的に多すぎるのではなく、「働き方」や「仕事の進め方」に潜む様々な非効率によって生み出されています。
このセッションでは、残業を減らすための具体的なアプローチとして、業務の「ムリ・ムダ・ムラ」をなくし、生産性を高めるための実践的なヒントを、今日から取り組める身近な改善策から、DXを活用した戦略的な視点までご紹介します。
4-1. 残業の根本原因を探る:ボトルネックとなる業務プロセスの特定
残業を効果的に減らすためには、まず**「なぜ残業が発生しているのか」という根本原因**を突き止める必要があります。正確に把握した労働時間データ(特定の部署や個人に残業が集中していないか、特定の時期や業務で残業が増える傾向はないかなど)は、その原因特定のための重要な手がかりとなります。
残業を生む一般的な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 非効率な業務プロセス: 必要以上に多くの承認段階がある、同じ情報を複数の部署で二重に入力している、手作業が多く時間を取られているなど。
- 不明確な役割分担・指示: 誰が何をするのか曖昧で、手戻りが発生したり、調整に時間がかかったりする。
- 過剰なコミュニケーション: 目的のあいまいな会議が多い、不要なCcメールが飛び交う、チャットでのやり取りがだらだら続くなど。
- 情報共有不足: 必要な情報が見つからず探すのに時間がかかる、属人化している業務が多い。
- 不十分なスキルやツール: 業務に必要なスキルが不足している、あるいは非効率なツールを使っているために時間がかかる。
- 突発的な業務やトラブル対応: 予期せぬ割り込み業務やトラブル対応に追われ、本来の業務が進まない。
- 過剰品質: 求められる以上の品質や丁寧さで業務を行い、時間がかかっている。
- 計画不足: 業務の優先順位付けができていない、納期から逆算した計画が曖昧。
これらの原因を探るためには、部署やチームで集まり、現在の業務プロセスを棚卸ししてみるのも有効です。「この業務は何のためにやっているのか?」「もっと簡単にできないか?」「この承認は本当に必要か?」といった問いを立てながら、一つ一つの業務プロセスを見直してみましょう。いわゆる**BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)**の考え方を、貴社の規模に合わせて簡易的に取り入れるイメージです。
例えば、特定の報告書作成に時間がかかっているとします。原因が「必要な情報が複数のシステムに散らばっている」ことなら、情報収集プロセスを効率化する必要があります。「承認に時間がかかる」ことなら、承認フロー自体を見直す必要があります。原因によって打つべき対策は異なります。漠然と「残業を減らせ」と言うだけでなく、具体的な「ボトルネック(業務の流れを滞らせている要因)」を特定することが、効果的な残業削減の第一歩です。
4-2. 会議時間の削減、メール文化の見直し…今日からできる改善策
原因が特定できたら、次は具体的な改善策を実行に移します。大掛かりなシステム導入や組織変更でなくても、日々の意識やちょっとした工夫で、今日からすぐに取り組める業務効率化のヒントはたくさんあります。
- 会議の効率化:
- 目的とゴールを明確にする: 会議の冒頭で、何のために集まり、何を決定または共有すれば終了なのかを確認します。
- 参加者を厳選する: 本当に必要なメンバーだけを招集します。情報共有だけであれば、議事録を共有する方が効率的な場合もあります。
- 時間厳守: 開始・終了時間をきっちり守ります。「スタンディングミーティング」のようにあえて椅子を使わないことで、短時間で集中した会議を促すのも効果的です。
- アジェンダを事前に共有: 参加者が事前に準備できるよう、議題と資料は前日までに共有します。
- 議事録で決定事項・TODOを明確化: 誰がいつまでに何をするのかを明確に記録し、共有します。
- メール文化の見直しと効果的なコミュニケーション:
- Ccの多用を避ける: 本当に情報共有が必要な人のみに送信します。
- 件名を分かりやすく具体的に: 内容が一目でわかる件名にし、返信不要ならその旨を記載します。
- 長文メールを避ける: 要点を簡潔にまとめます。複雑な内容は、口頭やチャットの方が早い場合もあります。
- 社内コミュニケーションツールの活用: ビジネスチャットツール(Slack, Microsoft Teamsなど)を活用し、気軽に素早い情報共有や確認を行います。メールよりもフランクに使えるため、ちょっとした疑問点の解消などがスピーディーに進みます。ただし、チャットでの雑談が増えすぎないよう、一定のルール作りは必要かもしれません。
- 「報・連・相」の質を高める: 目的意識を持って行うことで、手戻りや誤解を防ぎます。
- タスク管理と優先順位付け:
- TODOリストの作成: 個人だけでなく、チームで共有できるタスクリストを作成し、進捗を見える化します。
- 優先順位を明確に: どのタスクから取り組むべきか、緊急度と重要度で判断します。
- 「やらないこと」を決める勇気: すべての要望に応えようとせず、自部署や自分の役割から外れる業務は、丁重に断るか、担当部署に依頼します。
これらの小さな改善策は、一つ一つは些細に見えるかもしれませんが、組織全体で取り組むことで、時間の使い方が劇的に変わり、無駄な残業を減らす大きな力となります。
4-3. DX推進による定型業務の自動化・効率化戦略
さらに一歩進んで、より構造的に業務効率化を図るためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、特に定型業務の自動化が非常に有効です。人間が繰り返し行っている単純作業は、ミスも起こりやすく、時間も労力もかかります。これをテクノロジーに任せることで、社員はより創造的で付加価値の高い業務に集中できるようになります。
中小企業でも導入しやすいDXによる業務効率化の例としては、以下のようなものがあります。
- RPA(Robotic Process Automation)の活用: パソコン上で行う定型的な操作(データのコピペ、システムへの入力、ウェブサイトからの情報収集など)をソフトウェアロボットに記憶させて自動実行させます。経費精算の入力、請求書の発行、日報の集計など、繰り返し行う業務に導入することで、大幅な時間削減が見込めます。専門知識がなくても比較的容易に導入できるツールも増えています。
- クラウドサービスの連携: 顧客管理システム(CRM)と販売管理システム、あるいは勤怠管理システムと給与計算システムなど、異なるクラウドサービスを連携させることで、データの手動入力をなくしたり、自動で情報が更新されるようにしたりできます。
- ノーコード・ローコードツールの活用: プログラミングの専門知識がなくても、簡単な設定やドラッグ&ドロップで業務アプリケーションやワークフローを構築できるツールです。例えば、社内の申請ワークフローを電子化したり、簡易的なデータベースを作成したりといったことが、外部のITベンダーに依頼することなく自社で行えるようになります。
- AIを活用した業務支援: AI OCRによる書類からの文字データ自動読み取り、チャットボットによる社内問い合わせ対応、AIによる議事録作成支援など、AI技術も身近な業務効率化に活用され始めています。
もちろん、いきなりすべてを導入するのは難しいでしょう。まずは、自社の業務の中で最も時間のかかっている定型業務や、社員が「これは自動化できたらいいのに」と感じている業務から優先的に検討してみるのが良いでしょう。ITベンダーに相談してみる、他社の事例を参考にするなど、情報収集から始めてみてください。DXは単なるITツールの導入ではなく、「デジタル技術を使って業務やビジネスモデルを変革し、競争上の優位性を確立すること」です。残業削減・生産性向上は、まさにその第一歩と言えます。
このセッションでご紹介したように、残業を減らすアプローチは多岐にわたります。日々の意識改革から、会議やコミュニケーションの改善、そしてDXを活用した業務プロセス全体の変革まで、貴社の状況に合わせてできることから取り組んでみてください。
次のセッションでは、長時間労働が社員の健康に与える影響に焦点を当て、「過重労働対策」と「健康経営」の連携について掘り下げていきます。労働時間管理は、社員の健康管理と切り離せないテーマです。