PR

15-5. 「過重労働」対策と社員の健康:「健康経営」と労働時間管理の連携

スポンサーリンク

これまでのセッションで、法規制遵守のための正確な労働時間管理、そして残業を減らすための生産性向上・業務効率化について見てきました。しかし、労働時間管理の目的は、単に法令を守ることや効率を上げることだけではありません。最も重要な目的の一つは、**「働く社員の心身の健康を守る」**ことです。

どんなに効率化を進めても、業務の性質や状況によっては、どうしても長時間労働が発生してしまう場合があるかもしれません。そうした「過重労働」が社員の健康に与える影響は決して軽視できません。そして、社員の健康なくして、企業の持続的な成長はあり得ません。

近年注目されている**「健康経営」**の考え方は、「社員の健康を重要な経営資源と捉え、戦略的に健康増進に取り組むこと」です。労働時間管理は、まさにこの健康経営の基盤となる要素です。このセッションでは、長時間労働がもたらす健康リスク、そして社員の健康を守るために不可欠な産業医・保健師といった産業保健スタッフとの連携、さらには法的に義務付けられている医師による面接指導について詳しく解説します。

5-1. 長時間労働が招く健康リスク(メンタルヘルス、脳・心臓疾患など)

科学的な研究や多くの事例が示すように、長時間にわたる労働は、社員の心身に多大な負荷をかけ、様々な健康リスクを高めます。特に、休憩や睡眠時間を十分に確保できない状態での長時間労働は危険です。

主な健康リスクとしては、以下のようなものが挙げられます。

  • メンタルヘルスの不調:
    • 長時間労働や疲労の蓄積は、ストレスを増加させ、抑うつ状態、不安障害、適応障害などの精神疾患のリスクを高めます。
    • 業務量やプレッシャーによるストレスに加え、十分な休息が取れないことによる疲労は、集中力や判断力の低下を招き、さらにストレスが増えるという悪循環を生み出します。
    • いわゆる**「燃え尽き症候群(バーンアウト)」**も、過度の労働による心身の疲弊が原因となることが多いです。
  • 脳・心臓疾患:
    • 過労死の原因として知られるのが、長時間労働と関連が深い**脳血管疾患(脳卒中など)虚血性心疾患(心筋梗塞など)**です。
    • 長時間労働は、高血圧、高血糖、脂質異常症といった生活習慣病のリスクを高め、これらが脳・心臓疾患の発症につながります。睡眠不足や不規則な生活も、これらのリスクをさらに悪化させます。
    • 厚生労働省の基準でも、時間外労働が月80時間を超えると、脳・心臓疾患の発症リスクが高まるとされています(いわゆる「過労死ライン」)。
  • その他の健康問題:
    • 睡眠不足、肩こりや腰痛といった肉体的な不調、免疫力の低下による感染症にかかりやすくなるなど、様々な健康問題につながります。

これらの健康リスクは、社員本人のQOL(生活の質)を低下させるだけでなく、企業にとっても病気による休職・離職、生産性の低下(プレゼンティーイズム:健康問題があるにも関わらず出勤しており、パフォーマンスが低下している状態)、医療費の増加、そして安全配慮義務違反を問われる法的リスクといった形で、非常に大きな損失となります。社員の健康を守ることは、企業が存続し発展していくための、まさに入り口なのです。

5-2. 産業医・保健師との連携強化:労働時間情報共有と高ストレス者へのケア

社員の健康を守るためには、人事担当者だけでなく、企業の産業医や保健師(産業保健スタッフ)との連携が不可欠です。産業保健スタッフは、医学的な専門知識を持ち、社員の健康状態の把握や、健康上の問題に関する助言・指導を行う役割を担っています。

特に、労働時間管理と関連して、産業保健スタッフと連携すべき重要なポイントは以下の通りです。

  • 労働時間情報の共有:
    • 人事・労務担当者は、正確に把握した社員の労働時間データ(特に長時間労働者の情報)を、プライバシーに配慮しつつ産業医や保健師に提供します。
    • 特に、法定の面接指導の対象となる社員の情報はもちろん、対象に満たなくても長時間労働が続いている社員や、疲労の蓄積が懸念される社員の情報も共有することで、早期の健康問題の発見につながります。
  • 高ストレス者への対応:
    • ストレスチェック制度の結果で「高ストレス者」と判定された社員の情報と、その社員の労働時間情報を照らし合わせることで、より詳細な状況把握と適切な対応が可能になります。
    • 産業医や保健師が、高ストレス者や長時間労働者に対して面談や保健指導を行い、心身の健康状態を確認し、必要なケアや専門機関への受診勧奨を行います。
  • 職場環境の改善に関する助言:
    • 産業医は、職場の巡視などを通じて、社員の労働時間や業務内容、職場環境が健康に与える影響を評価し、企業に対して改善に関する専門的な見地からの意見具申を行うことができます。
    • 例えば、「この部署は常に長時間労働が常態化しており、過重労働による健康障害のリスクが高い。人員配置の見直しや業務プロセスの抜本的な見直しが必要だ」といった具体的な助言を受けることができます。
  • 復職支援: 休職していた社員が職場復帰する際、その社員の健康状態や業務遂行能力を踏まえ、労働時間の制限や業務内容の調整などについて、産業医が専門的な意見を述べます。

中小企業の場合、専属の産業医がおらず、外部の産業医と契約しているケースが多いかもしれません。しかし、契約形態に関わらず、必要な情報を提供し、積極的に連携を取ることで、産業保健スタッフの専門性を最大限に活かし、社員の健康管理体制を強化することができます。産業医や保健師は、法律で定められた役割を果たすだけでなく、企業の健康経営を推進する上で強力なパートナーとなり得る存在です。

5-3. 疲労蓄積度チェックと医師による面接指導の基準・手続き

労働安全衛生法に基づき、企業には長時間労働を行っている社員に対して、医師による面接指導を実施することが義務付けられています。これは、過重労働による健康障害を未然に防止するための重要な仕組みです。

  • 面接指導の対象となる基準:
    • 法定基準: 時間外労働・休日労働時間が**「月80時間」を超え、かつ「疲労の蓄積が認められる者」**が、申出を行った場合。(労働安全衛生法第66条の8)
    • ただし、高度プロフェッショナル制度の対象者など、一部例外規定があります。
    • 企業独自の基準: 法定基準を下回る時間(例: 月60時間以上など)で面接指導の対象とするなど、法定基準よりも厳しい基準を設けている企業もあります。これは、より積極的に社員の健康を守る「健康経営」の観点からも推奨されます。

「疲労の蓄積が認められる者」であるかどうかの判断については、「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト」などが参考になりますが、最終的には労働時間と本人の状態を総合的に考慮して判断されます。

  • 面接指導の手続き:
    1. 対象者の把握: 企業は、勤怠管理データなどに基づき、面接指導の対象となる基準に該当する社員を把握します。(セッション3で解説した正確な労働時間把握がここで活かされます)
    2. 対象者への通知・申出勧奨: 対象となる社員に対し、面接指導の対象となることを通知し、医師による面接指導を受けるよう促します。(法定基準を超える場合は、社員からの申出を受けて実施します)
    3. 面接指導の実施: 企業の産業医または企業が指定した医師が、社員と面接し、労働時間や業務内容、心身の状況、ストレスの状況などを確認します。
    4. 医師からの意見聴取: 面接指導を行った医師は、その結果に基づき、当該社員の健康を保持するために必要な措置について、企業(通常は事業者、人事担当者など)に意見を述べます。意見としては、労働時間の短縮、深夜業の回数の削減、業務内容の転換、休職勧奨などが考えられます。
    5. 事後措置の実施: 企業は、医師からの意見を尊重し、当該社員の健康を確保するために必要な措置を講じなければなりません。(例: 医師の意見に基づき、一定期間残業を制限する、部署異動を検討するなど)

企業は、社員が面接指導の申出をしたことを理由に、その社員に対して不利益な取り扱いをしてはなりません。面接指導は、社員が安心して健康相談できる場であり、企業が社員の健康状態を把握し、適切な就業上の措置を講じるための重要な機会です。

このセッションでは、長時間労働の健康リスクとその対策、産業保健スタッフとの連携、そして面接指導の重要性について解説しました。労働時間管理は、単なる管理業務ではなく、社員の健康という最も大切な経営資源を守るための取り組みであることをご理解いただけたかと思います。

次なるセッションでは、労働時間管理と働き方改革のより進んだ形として、国内外の先進的な取り組み事例や、フレキシブルな働き方、そして労働時間インターバル制度などについてご紹介します。他社の成功事例から、貴社の労働時間管理改善のヒントを見つけましょう。