15-7. 貴社は大丈夫?「労働時間管理」改善のためのチェックリストと次の一歩

さて、これまでのセッションを通じて、労働時間管理を取り巻く法規制の厳しさ、正確な労働時間把握の重要性、残業を減らすための生産性向上策、そして社員の健康管理との連携、さらには国内外の先進事例まで、幅広い視点から「労働時間管理」を見てきました。

これらの知識をインプットした今、最も重要なのは、貴社自身の現状を正しく把握し、具体的な改善への第一歩を踏み出すことです。「うちの会社は大丈夫だろうか?」「どこから手をつければ良いのだろう?」と感じている方もいるでしょう。

このセッションでは、これまでの内容を踏まえた「セルフチェックリスト」をご提案し、貴社の労働時間管理における課題を可視化する方法、そして、その課題解決に向けた「次の一歩」として、社内での改善プロジェクトの進め方や、必要に応じて外部の専門家を活用する方法について解説します。

7-1. 法令遵守レベル、勤怠管理体制、社員の健康状態…現状のセルフチェック

まずは、貴社の現在の「労働時間管理」がどのレベルにあるのか、具体的な項目に沿ってセルフチェックしてみましょう。以下のリストは、これまでのセッションで触れた重要なポイントをまとめたものです。はい/いいえで答えたり、5段階で評価したりするなど、貴社でやりやすい方法で点検してみてください。大切なのは、正直かつ客観的に現状を見つめることです。

【労働時間管理:貴社セルフチェックリスト(簡易版)】

1.法令遵守

  • □ 最新の「36協定」を労働基準監督署に届け出ていますか?
  • □ 36協定の特別条項を適用する場合でも、法定の上限規制(年720時間以内、単月100時間未満、複数月平均80時間以内など)を超えていませんか?
  • □ 法定休日(週1日の休日)が適切に付与されていますか?
  • □ 休憩時間は労働時間の途中に、法令通り(6時間超で45分以上、8時間超で1時間以上)付与されていますか?
  • □ 年次有給休暇の「年5日取得義務」に対応できていますか?
  • □ 管理監督者とされる社員の労働時間管理や健康管理について、適切に行われていますか?

2.正確な労働時間把握(勤怠管理)

  • □ 労働時間は、タイムカード、PCログ、入退室記録など、客観的な方法で記録されていますか?
  • □ 自己申告で労働時間を管理している場合、その労働時間と客観的な記録との間に著しい乖離がないか確認し、必要に応じて修正する仕組みがありますか?
  • □ 在宅勤務やリモートワークを行う社員の労働時間も、適切かつ正確に把握できていますか?
  • □ 勤怠管理システムを導入しており、自動集計やアラート機能を活用できていますか?
  • □ サービス残業が発生していないか、定期的に確認・対策を行っていますか?

3.過重労働対策と社員の健康管理

  • □ 長時間労働者(月80時間以上の時間外労働者など)を把握できていますか?
  • □ 長時間労働者や高ストレス者に対し、産業医による面接指導の案内を行い、実施していますか?
  • □ 産業医や保健師と連携し、労働時間情報などを共有できていますか?
  • □ 疲労蓄積度チェックリストなどを活用し、社員の健康状態の把握に努めていますか?
  • □ 健康診断結果やストレスチェック結果を踏まえ、就業上の措置が必要な社員に対し、適切に対応できていますか?
  • □ 長時間労働だけでなく、ハラスメントなど健康を害する他の要因にも目を向けていますか?

4.業務効率化と生産性向上

  • □ 定期的に業務プロセスを見直し、無駄がないか検討していますか?
  • □ 会議やメールなど、社内コミュニケーションの効率化に取り組んでいますか?
  • □ 定型業務の自動化や、DXを活用した効率化を検討・実施していますか?
  • □ 社員一人ひとりが、時間内で成果を出す意識を持てるような働きかけをしていますか?

5.企業文化・風土

  • □ 経営層は、労働時間管理の重要性や働き方改革の必要性を社員に伝え、率先して取り組んでいますか?
  • □ 休暇を取りやすい、残業しにくい雰囲気がありますか?
  • □ 社員が労働時間や働き方について、率直に相談できる窓口がありますか?

このチェックリストで「いいえ」や不安を感じる項目が多かったほど、改善の余地が大きいと言えます。これらのチェック結果は、次のステップである改善計画を立てる上での重要な出発点となります。

7-2. 労働時間管理改善プロジェクトのススメ方:担当部署と連携

セルフチェックで洗い出された課題に対し、どのように改善を進めていけば良いのでしょうか。労働時間管理の改善は、人事部だけ、あるいは経営層だけの取り組みでは限界があります。組織全体で取り組むための「プロジェクト」として位置づけ、関係部署と連携しながら進めるのが効果的です。

【労働時間管理改善プロジェクトの一般的な進め方】

  1. プロジェクトチームの発足:
    • 経営層のコミットメントを得た上で、人事部、現場の管理職代表、場合によっては産業保健スタッフなどをメンバーとした横断的なプロジェクトチームを立ち上げます。
    • チームリーダーを決め、役割分担を明確にします。
  2. 課題の深掘りと優先順位付け:
    • セルフチェックの結果や、勤怠データ分析(セッション3参照)、社員へのヒアリングなどを通じて、具体的な課題とその根本原因をさらに深掘りします(セッション4参照)。
    • 洗い出された課題に対し、法的なリスクが高いもの、社員の健康に直結するもの、改善効果が大きいものなど、優先順位をつけます。
  3. 具体的な改善策の検討と計画立案:
    • 優先順位の高い課題から、具体的な改善策を検討します(セッション4, 6参照)。勤怠管理システムの導入、業務プロセスの見直し、会議ルールの改定、インターバル制度の試行など。
    • 誰が、何を、いつまでに実行するのか、明確な行動計画を立てます。必要に応じて、予算や必要なリソース(人員、ツールなど)も計画に盛り込みます。
  4. 計画の実行と効果測定:
    • 計画に基づき、改善策を実行します。
    • 実行した施策が労働時間や残業時間にどのような変化をもたらしたのか、定期的に効果を測定します。勤怠データはもちろん、社員へのアンケートなども有効です。
  5. 見直しと継続的な改善:
    • 効果測定の結果を踏まえ、計画通りに進んでいるか、期待通りの効果が出ているかを見直します。
    • 課題が解決されていれば、次の課題に取り組みます。効果が不十分であれば、原因を分析し、改善策を修正します。
    • 労働時間管理の改善は一度行えば終わりではなく、働き方や事業環境の変化に合わせて継続的に取り組む必要があります。

プロジェクトを進める上で大切なのは、関係者間の密なコミュニケーションと、社員への丁寧な説明です。「なぜ今、労働時間管理の見直しが必要なのか」「改善によってどのようなメリットがあるのか」を分かりやすく伝え、社員の理解と協力を得ることが成功の鍵となります。

7-3. 専門家(社労士、コンサルタント)の活用も視野に

「自社だけでどこまでできるか不安」「客観的な視点からアドバイスが欲しい」「法改正への対応に自信がない」…そう感じた場合は、外部の専門家の活用も積極的に検討すべきです。特に中小企業の場合、人事・労務の専門人材が限られていることも多く、外部の知見を借りることは非常に有効です。

  • 社会保険労務士(社労士):
    • 労働基準法をはじめとする労働関連法規の専門家です。
    • 36協定の内容確認や作成・届出のサポート、就業規則の見直し、労働時間管理に関する法的なリスク診断、労働基準監督署の調査対応など、法令遵守の観点から最も頼りになるパートナーです。
  • 経営コンサルタント/人事コンサルタント:
    • 貴社の事業内容や組織文化を踏まえ、労働時間管理を含めた働き方改革全体の戦略立案をサポートします。
    • 業務プロセスの分析(BPR)、生産性向上のための具体的な施策提案、組織風土改革の支援など、より戦略的・経営的な視点からの改善をサポートします。勤怠管理システム導入のコンサルティングを行う会社もあります。
  • ITベンダー:
    • 勤怠管理システム、ワークフローシステム、RPAツールなど、具体的なDXツールの選定から導入、運用サポートまでを担います。

どの専門家に相談すべきかは、貴社の課題によって異なります。まずはセッション7-1のチェックリストで自社の課題を明確にし、「法令遵守に不安があるなら社労士」、「業務効率を抜本的に見直したいならコンサルタント」、「システムの導入を検討したいならITベンダー」のように、専門家の得意分野に合わせて相談先を検討するのが良いでしょう。複数の専門家と連携してプロジェクトを進めることもあります。

専門家を活用することで、自社だけでは気づけなかった課題の発見、より効果的な解決策の提案、そして改善スピードの向上などが期待できます。決して一人で、あるいは一部の担当者だけで抱え込まず、外部のプロフェッショナルな知見を賢く活用することをおすすめします。

さあ、貴社の労働時間管理改善に向けたチェックは終わりましたか? 次は、その結果をもとに具体的な一歩を踏み出す番です。改善計画を立て、関係者と連携し、必要であれば専門家の力も借りながら、より良い働き方を目指しましょう。

いよいよ次のセッションが最後のまとめとなります。これまでの内容を振り返り、労働時間管理を単なる義務ではなく、企業の成長戦略として位置づけることの重要性について改めてお伝えします。