前回のセッションでは、中小企業における若手人材の早期離職が、単なる採用コスト以上の「隠れたコスト」を発生させ、人手不足が深刻化する現代において、いかに企業の存続と成長を脅かす「急務」であるかをお話ししました。
では、一体なぜ、せっかく縁あって貴社に入社してくれた若手社員は、「辞めたい」と感じてしまうのでしょうか?彼らの離職理由を、「今の若い者は我慢が足りない」「根性がない」といった精神論で片付けてしまっては、問題の本質を見誤り、いつまで経っても根本的な解決には繋がりません。
現代の若手社員は、インターネットで簡単に企業情報を比較でき、SNSでリアルな「社員の声」に触れる機会も多い世代です。終身雇用や年功序列といった働き方への価値観も薄れ、「個人の成長」「仕事へのやりがい」「プライベートとの両立(ワークライフバランス)」などを重視する傾向が強まっています。
彼らが「辞めたい」と感じる背景には、個人の適性や能力の問題だけでなく、多くの場合、企業側の仕組みや組織文化、そしてコミュニケーションに起因する、構造的な問題が潜んでいます。特にリソースやノウハウが限られがちな中小企業では、意図せずとも若手社員が孤立したり、不安を感じたりしやすい環境が生まれてしまうことがあります。
このセッションでは、中小企業で働く若手社員が早期離職を考える、その「本当の理由」を、皆さまの企業にも心当たりがあるかもしれない具体的な課題として掘り下げていきます。
2-1. 入社前後の期待値ギャップと「こんなはずじゃなかった」
若手社員が早期に「辞めたい」と感じる最も典型的な理由の一つが、「期待値ギャップ」です。これは、入社前に抱いていた企業のイメージや仕事内容、職場環境と、入社後の現実との間に大きなズレがあった場合に発生します。
中小企業では、採用活動において企業の「良い面」を強調しすぎるあまり、仕事の厳しさや泥臭い部分、あるいは組織の課題について十分に伝えきれていないケースが見られます。また、少人数体制ゆえに特定の業務に集中することになったり、想像していたよりもジェネラリスト的な働き方を求められたりと、配属後のミスマッチが生じることもあります。
例えば、
- 華やかなイメージだけが先行: Webサイトや採用パンフレットでは活気ある様子が伝わってくるが、実際に入社してみると地味なルーチンワークばかりで、想像していたような創造的な仕事がほとんどない。
- キャリアパスの不明確さ: 面接では「将来は管理職を目指せる」「様々な部署を経験できる」といった話があったが、入社してみると具体的な育成計画がなく、目の前の業務をこなすだけの日々が続き、将来のキャリアが全く見えない。
- 社風や人間関係のギャップ: 「アットホームな雰囲気」と聞いていたのに、実際は部署間の壁が高く、気軽に相談できる人がいない。または、特定のベテラン社員に業務や人間関係が偏っており、馴染みにくい。
こうしたギャップは、若手社員にとって大きな失望や戸惑いとなり、「思っていた仕事と違う」「ここで働く自分の将来が見えない」といったネガティブな感情を生み、「こんなはずじゃなかった」という後悔から離職へと繋がります。特に中小企業では、入社後のフォロー体制が不十分な場合もあり、ギャップを感じた若手社員が誰にも相談できずに孤立し、問題を一人で抱え込んでしまう傾向が見られます。
2-2. 成長実感の欠如とキャリアパスが見えない不安
若手社員、特に現代の若手は「成長したい」という欲求が非常に強い世代です。学校教育やSNS等で常に「自己成長」「スキルアップ」といった言葉に触れており、仕事を通じて自身の能力を高め、市場価値を上げていくことに関心を持っています。
しかし、中小企業では、
- 体系的な研修制度の不足: 入社後の基本的な研修だけで、その後のスキルアップや専門知識習得のための継続的な学習機会が少ない。
- ** OJTの形骸化:** OJTトレーナーが日々の業務に追われ、若手社員につきっきりで教える時間が取れず、質問しづらい雰囲気がある。結果として、若手は自分で試行錯誤するしかない状況に置かれる。
- 単調な業務の繰り返し: 新人のうちは仕方ないと思いつつも、何ヶ月経っても同じような単純作業ばかりで、新しいスキルが身につく実感がない。
- 将来のキャリアパスが不明確: 会社としてどのような部署があり、そこでどのようなスキルが求められ、どのようにステップアップしていくのか、具体的な道筋が見えない。自分が将来どうなりたいか、どうなれるのかを描けないため、この会社に居続ける意味を見出せなくなる。
こうした状況は、若手社員の「成長したい」という意欲を削ぎ、「この会社にいても成長できないのではないか」「もっと自分を高められる場所があるのではないか」といった不安や焦りへと繋がります。特に、自身の市場価値を高めたいという意識が強い若手は、成長機会がないと感じた際に、より積極的に転職活動を行う傾向があります。
企業規模に関わらず、GoogleやMicrosoftといったテクノロジー企業から、日本の製造業やサービス業に至るまで、多くの企業が社員の自律的な学習やキャリア開発を支援するプログラムに力を入れています。これは、変化の激しい時代において、社員一人ひとりのスキルアップが企業の競争力に直結することを理解しているからです。中小企業でも、外部の研修サービスを活用したり、社内勉強会を設けたり、資格取得を支援したりと、できることから成長機会を提供することが重要です。
2-3. 評価・フィードバックへの不満と正当な承認欲求
若手社員は、自身の働きや貢献が正当に評価され、認められることを強く求めています。年功序列の意識は薄く、年齢や社歴に関わらず、成果やプロセスをしっかりと見てほしいと考えています。
しかし、中小企業では、
- 評価基準の曖昧さ: どのような基準で評価されているのかが不明確で、上司の感覚や好き嫌いで決まっているのではないかと感じてしまう。
- 評価プロセスの不透明さ: 自分がどのように評価されたのか、なぜその評価になったのか explanation がない。
- 一方的または感情的なフィードバック: 評価面談があっても、形式的な手続きで終わってしまったり、具体的な改善点や期待について建設的な話がなかったりする。褒められる機会も少なく、頑張りが見過ごされていると感じる。
- 1on1面談の不足: 上司と一対一でじっくり話をする機会がほとんどなく、日々の業務で困っていることや感じていることを共有できない。
こうした「評価やフィードバックがないがしろにされている」と感じる状況は、若手社員のモチベーションを著しく低下させます。「こんなに頑張っているのに誰も見てくれていない」「どうすれば評価されるのか分からない」といった不満が募り、会社への貢献意欲を失っていきます。また、自分の仕事が会社にとってどのような意味を持つのか、どのように貢献できているのかが分からないことも、彼らの承認欲求を満たせず、働きがいを感じにくくさせます。
米国企業の多くが、OKR (Objective and Key Results) や定期的な1on1ミーティングを導入し、社員の目標設定を明確化し、頻繁なフィードバックを通じて成長を支援しています。日本の先進的な中小企業でも、中小企業向けの人事評価システムを導入したり、マネージャー層への1on1研修を行ったりと、評価・フィードバックの質を高める努力を始めています。重要なのは、評価は「査定」のためだけでなく、若手社員の「成長支援」と「エンゲージメント向上」のための重要なツールであると認識することです。
2-4. 人間関係の悩みと心理的安全性の低い職場環境
働く上で、職場の人間関係は非常に重要な要素です。特に、中小企業では社員同士の距離が近く、人間関係がより密になりやすいため、良好な関係が築ければ大きな安心感や働きがいになりますが、一方で関係が悪化すると逃げ場がなくなり、深刻なストレス源となります。
若手社員が人間関係に悩み、「辞めたい」と感じる背景には、以下のような状況があります。
- 上司とのコミュニケーション不足・ミスマッチ: 相談したいのに忙しそうで声をかけにくい、質問しても「自分で考えろ」と言われる、価値観が合わない、といった上司との関係性の問題。特に初めての社会人で、上司との関わり方に戸惑う若手は多いです。
- 職場のハラスメント: パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、あるいは近年問題視されているカスタマーハラスメントなど、理不尽な言動に悩まされている。
- 部署内の雰囲気の悪さ: 助け合う文化がなく、ミスを厳しく責められる、陰口が多い、特定の社員が孤立している、といったネガティブな雰囲気。
- 気軽に相談できない環境(心理的安全性の欠如): 自分の意見を正直に言ったら否定されるのではないか、質問したら「そんなことも知らないのか」と馬鹿にされるのではないか、といった恐れから、自分の考えや疑問を率直に表現できない雰囲気。これは、Googleの研究でも生産性の高いチームに不可欠な要素として挙げられています。
こうした人間関係の悩みや、自分の本音や不安を安心して表現できない心理的安全性の低い職場環境は、若手社員に強いストレスを与えます。特に、孤立無援だと感じた若手社員は、問題を社内で解決しようとするよりも、「この環境から逃れたい」という気持ちが強くなり、早期離職へと踏み切ってしまいがちです。
中小企業だからこそ、社員一人ひとりがお互いを尊重し、助け合う文化を醸成することが重要です。定期的なチームビルディング活動、部署間の交流を促進する仕組み、そして何よりも、経営層や管理職が率先してオープンなコミュニケーションを心がけ、心理的安全性の高い場を作る努力が不可欠です。社員が安心して意見を言え、失敗を恐れずに挑戦できる環境は、若手の定着だけでなく、組織全体の活性化にも繋がります。
2-5. 働きがいやエンゲージメントの低下を招く要因
現代の若手社員は、「何のために働くのか」「自分の仕事は会社や社会にどのように貢献しているのか」といった「働きがい」や、会社への愛着や貢献意欲といった「エンゲージメント」を重視する傾向があります。単に給与を得るためだけでなく、自身の仕事に意味を見出し、会社と共に成長したいと考えています。
しかし、中小企業では、
- 経営理念やビジョンが浸透していない: 会社の目指す方向性や社会における存在意義が社員に十分に伝わっておらず、自分の日々の業務が会社全体の目標にどう繋がるのかが分からない。
- 仕事の成果や貢献が見えにくい: 自分の担当業務が、製品やサービスの完成、顧客の満足、会社の業績向上といった最終的な結果にどう結びついているのか実感できない。
- 貢献に対する承認が少ない: 困難な課題を乗り越えたり、成果を出したりしても、経営層や上司からのねぎらいや感謝の言葉が少なく、頑張りが見過ごされていると感じる。
- 組織の一体感や連帯感が薄い: 他部署との連携が少なく、会社全体として一つの目標に向かっているという感覚が持てない。
こうした状況は、若手社員の「この会社のために頑張ろう」という気持ちを削いでいきます。自分の仕事が「単なる作業」に感じられたり、会社への貢献を実感できなかったりすると、働きがいやエンゲージメントは低下し、「もっとやりがいを感じられる仕事がしたい」「自分の力を正当に評価してくれる会社に行きたい」といった思いが強くなります。
エンゲージメントの高い社員は、離職率が低いだけでなく、生産性や顧客満足度も高いという研究結果が多くあります。米国では、エンゲージメントを定期的に測定し、組織改善に活かすことが一般的です。中小企業でも、会社のビジョンや目標を繰り返し共有し、社員一人ひとりの業務がどのように貢献しているかを具体的に伝える努力が重要です。また、成功事例を共有したり、社員の貢献を称賛したりする機会を設けることも、エンゲージメント向上に繋がります。
ここまで、若手社員が早期離職を考える、中小企業でよく見られる「本当の理由」を見てきました。期待値ギャップ、成長不安、評価への不満、人間関係の悩み、そして働きがい・エンゲージメントの低下。これらは単独で存在するのではなく、多くの場合、複雑に絡み合って若手社員を追い詰めています。
貴社の組織に照らし合わせてみて、心当たりがある項目はいくつあったでしょうか?これらの課題を放置することは、貴社の採用活動をさらに困難にし、組織の活力を奪い、競争力を低下させることに繋がります。
しかし、ご安心ください。これらの課題は、原因を正しく理解し、適切な対策を講じることで、必ず改善することができます。
次のセッションでは、これらの「辞めたい」に繋がる要因を取り除き、若手社員の「定着率」を劇的に高めるための、具体的な「実践的施策」について、詳細に解説していきます。明日から貴社でも取り組めるヒントが満載ですので、ぜひ続けてご覧ください。