これまでの記事では、中小企業が直面する「アイデア枯渇」「リソース不足」といった壁を乗り越え、成長を加速させるための戦略として「オープンイノベーション・外部連携」の必要性と、その具体的な種類、そして成功させるためのポイントについて解説してきました。外部との連携が、新しい技術や事業を生み出す強力な手段であることは、ご理解いただけたかと思います。
しかし、外部連携がもたらす恩恵は、ビジネス戦略や技術開発の領域に留まりません。実は、貴社が今まさに力を入れている、あるいはこれから取り組もうとしている**「人的資本経営」「働き方改革」「健康経営」**といった、企業の根幹をなす「人」に関わる重要テーマにも、外部連携は大いに力を発揮するのです。
特に、中小企業の人事担当者様、経営企画の方々、そして産業医・保健師といった産業保健スタッフの皆様にとって、この「人事領域における外部連携」は、限られたリソースの中でこれらのテーマを前に進めるための、強力な武器となり得ます。
今回は、外部連携がこれらの人事関連テーマにどのように「効く」のか、具体的な活用方法と事例を交えながら掘り下げていきます。読み進めるうちに、「ああ、うちの会社でも、あの課題に外部の力を借りられないだろうか?」と、具体的なアイデアが湧いてくるはずです。
5. 「人的資本経営」「働き方改革」「健康経営」にも効く!外部連携の活用法
企業価値の向上には、財務資本だけでなく、「人」という資本の価値を高めることが不可欠であるという考え方が広まっています。これが「人的資本経営」です。そして、その土台となるのが、社員一人ひとりが能力を発揮し、心身ともに健康で、働きがいを感じられる環境づくり。すなわち「働き方改革」と「健康経営」です。
これらの取り組みは、一見すると社内だけで完結するように思えるかもしれません。しかし、多くの中小企業では、専門知識を持つ人材や、新しい制度を導入・運用するためのリソースが不足しがちです。ここで外部連携が威力を発揮します。
5-1. 外部研修・eラーニング導入による「人材育成」の強化
人的資本経営の最も重要な柱の一つが「人材育成」です。社員一人ひとりのスキルアップやキャリア開発を支援することは、企業の競争力強化に直結します。しかし、中小企業が自社だけで研修プログラムを企画・実施したり、最新の技術やビジネススキルに関する教育を提供したりするのは容易ではありません。
ここで活用したいのが、外部の研修プログラムやeラーニングサービスです。
- 社内ノウハウだけでは不足するスキルの習得: デジタルマーケティング、データ分析、語学、特定の専門技術など、社内にノウハウがない分野のスキル習得に外部研修は有効です。プロフェッショナルな講師による質の高い学びを提供できます。
- 多様な学びの機会提供: 新入社員研修からマネジメント研修、DX関連研修まで、様々なレベルやテーマの研修プログラムが外部には豊富にあります。社員の多様なニーズに応じた学習機会を提供できます。
- 時間や場所を選ばない学習: eラーニングサービスを導入すれば、社員は自分のペースで、時間や場所を選ばずに学習できます。特に多忙な中小企業の社員にとって、学びやすい環境を提供できます。
- コスト効率の向上: 自社で研修体制を構築・維持するよりも、外部サービスを利用する方がコスト効率が良い場合があります。
例えば、ある製造業の中小企業が、若手社員のロジカルシンキング能力向上を目指し、ビジネス研修を提供する外部企業が提供する公開講座に複数名の社員を派遣しました。また、全社員向けの情報セキュリティ研修として、外部のeラーニングサービスを導入しました。これにより、社内講師の負担なく、社員全体の意識向上を図ることができました。
WorkdayやSAP SuccessFactorsのような統合HCM(Human Capital Management)システムは、大企業向けではありますが、タレントマネジメントやラーニング管理といった概念は、中小企業向けのクラウド型人事システムや外部研修サービスにも応用されています。日本の人事部やHR Proといった専門サイトでも、中小企業向けの人材育成サービスや外部研修に関する情報が多く掲載されています。
5-2. HRテクノロジーや専門サービス活用による「働き方改革」推進
「働き方改革」は、単に残業時間を削減するだけでなく、生産性向上、柔軟な働き方の実現、多様な人材の活躍推進を目指すものです。これを効果的に進めるためには、ITツールの活用や制度設計の専門知識が必要になりますが、ここでも外部連携が役立ちます。
- HRテクノロジーの導入: 勤怠管理システム、給与計算システム、ワークフローシステム、社内コミュニケーションツール、さらには人事評価システムやタレントマネジメントシステムなど、様々なHRテクノロジーが外部サービスとして提供されています。これらを導入することで、煩雑な人事業務を効率化し、社員の働き方をサポートする基盤を構築できます。クラウド型サービスであれば、中小企業でも比較的低コストで導入可能です。
- 業務委託(BPO: Business Process Outsourcing): 給与計算、社会保険手続き、年末調整、あるいは採用業務の一部など、定型的で専門知識が必要なノンコア業務を外部の専門企業に委託することで、人事担当者はより戦略的な業務に集中できます。これは、人手不足に悩む中小企業にとって特に有効な手段です。
- 外部の専門家による制度設計・コンサルティング: フレックスタイム制度、裁量労働制、リモートワーク規定、人事評価制度の見直しなど、新しい働き方を支援するための制度設計には専門的な知識と経験が必要です。社会保険労務士や人事コンサルタントといった外部の専門家に依頼することで、法制度に対応し、かつ自社の実情に合った効果的な制度を構築できます。
例えば、ある地方の中小企業が、リモートワーク環境整備のため、セキュリティ対策を含めたPC・ネットワーク環境の構築を外部のITベンダーに委託しました。また、煩雑化していた給与計算業務を外部のBPO企業に委託することで、人事部のリソースを社員の労務相談やキャリア支援といった業務に再配分できるようになりました。
5-3. 外部リソースを活用した「健康経営」施策の拡充(産業医・保健師連携含む)
「健康経営」は、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践することで、生産性向上や企業イメージ向上を目指す取り組みです。これは企業の持続的な成長に不可欠ですが、中小企業では専任の産業保健スタッフを置くことが難しく、どのように進めれば良いか分からない、という声も多く聞かれます。
健康経営推進において、外部連携は非常に強力な味方になります。
- 外部EAP(従業員支援プログラム)の導入: 従業員やその家族が抱える心理的な問題、キャリア、健康、法律、財務などの問題について、専門家によるカウンセリングやアドバイスを受けられる外部サービスです。従業員のメンタルヘルス対策として有効であり、専門的なサポートを提供できます。
- オンライン産業医面談サービス: 常勤の産業医を置くのが難しい中小企業でも、オンラインで医師の面談を受けられるサービスが増えています。これにより、従業員は気軽に健康相談やストレスチェック後の面談を受けやすくなります。
- 健康増進プログラムの提供会社との連携: 運動習慣の推奨、食生活改善指導、禁煙支援プログラムなど、従業員の健康増進を目的とした様々なプログラムを提供する外部企業があります。これらのサービスを利用することで、自社だけでは企画・実施が難しい多様な健康施策を展開できます。
- 外部委託によるストレスチェック実施・集団分析: 従業員50人以上の事業場にはストレスチェックの実施が義務付けられていますが、その実施や結果の集団分析を外部機関に委託することができます。これにより、専門的な視点からの分析結果を得られ、職場環境改善に役立てられます。
- 産業医・保健師との連携強化: 嘱託産業医や外部の保健師事務所と連携し、定期的な職場巡視、衛生委員会への参加、健康診断結果の事後措置、長時間労働者への面談指導などを依頼します。法律で定められた産業保健体制の構築だけでなく、より積極的に従業員の健康管理や健康施策のアドバイスを求めることも可能です。厚生労働省のウェブサイトには、産業医や保健師の選任に関する情報や、健康経営に関するガイドラインが豊富に掲載されています。
- 健康データの活用と外部連携: ウェアラブルデバイス(活動量計など)や健康管理アプリを導入している企業では、従業員の同意を得た上で、匿名加工された健康データを分析し、職場環境改善や健康施策の効果測定に活用することがあります。こうしたデータ分析や活用のノウハウを持つ外部企業と連携することで、より科学的な健康経営を推進できます。
例えば、あるIT系中小企業が、社員のメンタルヘルスケアを強化するため、外部EAPサービスを導入しました。これにより、社員は匿名でいつでも専門家に相談できる環境が整備され、利用率も向上しました。また、別の製造業の中小企業では、健康経営優良法人認定を目指し、外部のコンサルタントにアドバイスを受けながら、健康診断受診率向上キャンペーンやウォーキングイベントの企画・実施を進めました。
5-4. 外部知見を取り入れた組織開発・カルチャー変革
人的資本経営を推進する上で、組織の文化や風土、従業員のエンゲージメントは非常に重要です。しかし、長年培われた組織文化を変革したり、従業員の意識を大きく変えたりするのは、社内の力だけでは非常に難しい場合があります。
外部の知見やコンサルタントは、組織開発やカルチャー変革において客観的な視点と専門的な手法を提供してくれます。
- 組織診断・従業員意識調査: 外部機関に依頼して、従業員満足度調査やエンゲージメント調査を実施することで、社内からは見えにくい組織の課題や従業員の本音を把握できます。専門家による分析結果は、効果的な改善策を検討する上での重要な根拠となります。
- 組織開発コンサルティング: 組織のコミュニケーション改善、リーダーシップ開発、チームビルディング、理念浸透など、組織の活性化や文化変革に向けた専門的なコンサルティングを受けることができます。外部のファシリテーターが入ることで、社内だけでは難しい率直な議論や、新しい視点でのワークショップが可能になります。
- 人事評価制度・報酬制度の設計支援: 外部の専門家(人事コンサルタント、社会保険労務士など)に依頼し、客観的な視点から公平で納得性の高い人事評価制度や報酬制度を設計することで、従業員のモチベーション向上やエンゲージメント強化に繋がります。
米国の人材マネジメント協会であるSHRM(Society for Human Resource Management)や、日本の人事部、HR Proといったメディアでも、組織開発や企業文化に関する最新のトレンドや事例、外部サービスの情報が多く共有されています。これらの情報を参考に、貴社に合った外部連携の形を探すことができます。
例えば、ある創業〇〇年の老舗中小企業が、若い世代の社員の定着率向上を目指し、外部の組織開発コンサルタントに依頼して、多世代間のコミュニケーション活性化を目的としたワークショップを実施しました。これにより、世代間の相互理解が進み、風通しの良い組織文化の醸成に繋がりました。
人事部門が外部連携を推進する意義
これまで見てきたように、外部連携は単に事業を拡大したり技術を導入したりするだけでなく、人事・組織に関わる様々な課題解決に有効です。人事担当者、経営企画、産業保健スタッフの皆様が積極的に外部との連携を企画・推進することは、以下の点において非常に大きな意義を持ちます。
- 限られたリソースの最適活用: 人員や予算が限られている中で、外部の専門性やサービスを必要な時に活用することで、より効率的に人事戦略を実行できます。
- 専門知識・ノウハウの補完: 自社にない専門的な知識や最新の情報を外部から取り込むことで、より高度な人事施策を実行できます。
- 客観的な視点の導入: 社内だけでは気づけない課題や、固定観念にとらわれない新しいアプローチを得られます。
- 変化への迅速な対応: 法改正への対応や新しい働き方の導入など、外部の専門家の力を借りることで、変化に素早く対応できます。
- 従業員満足度・エンゲージメント向上: 充実した人材育成プログラム、働きやすい環境整備、手厚い健康サポートなどは、従業員の満足度やエンゲージメント向上に直結し、結果として離職率の低下や生産性向上に繋がります。
「人」に関する課題は、企業の持続的な成長にとって避けては通れないものです。そして、外部連携は、これらの課題に正面から向き合い、効果的な解決策を実行するための強力なパートナーとなり得るのです。
次なる一歩へ:貴社のアクションプラン
人的資本経営、働き方改革、健康経営といった重要テーマに外部連携をどう活かせるか、具体的なイメージは湧いてきましたでしょうか。
「でも、具体的にどこから始めれば良いのだろう?」「うちの会社に合った外部パートナーはどう探せばいいのだろう?」といった疑問をお持ちかもしれません。
次回の記事では、これまでの議論を踏まえ、中小企業の皆様が明日からすぐにでも取り組める、オープンイノベーション・外部連携への**具体的な「第一歩」**について解説します。まずは自社の課題の棚卸しから始め、情報収集の方法、そしてスモールスタートでリスクを抑えながら進めるヒントなど、実践的なステップをご紹介します。
未来への羅針盤を手に、貴社が新たな可能性を開花させる旅は、もう始まっています。外部の力を賢く活用し、人を中心とした強い組織を作り上げていきましょう。